子供を連れていた時の話
1歳半になる子供を抱いている時に会いたい面々ではなかった。
「あ」
「げっ」
「誰かと思えば掛川か」
「し、私服だと気がつかないもんだな…」
「ご機嫌よう」
「ていうか子供…?」
テーピングを買おうと立ち寄ったスポーツ用品店で鉢合わせしたのは花宮、瀬戸、山崎、原に古橋の5人。親戚が家族揃って上京してきていて、家に泊まっている。最近1人で過ごす時間が多かったせいもあって、突然家の中に人が増えたことに対する戸惑いと久しく両親が揃う息苦しさから逃げ出すために来たのに、この仕打ちはなんだ。
目の前にワラワラと沸いて出てきたバスケ部の一行。このうちの誰か1人ならまだしも、全員揃ったとなると気分が一気にトーンダウンする。偶然とは言え、何が悲しくて休日にこんな奴らに会わないといけないのか。店に来るタイミングを誤ったなと心底悔む。先に本屋にでも行っておけば良かった。畜生。苦虫を噛み潰したような顔で睨みをきかせていたつもりだったけど、そんなことにいちいち触れないこいつらは構わず私に絡んでくる。
「ねえ花宮、いつ掛川ちゃんを孕ませたの」
「孕ませたとか言うな。生々しい」
「原は階段から落ちろ。この子、親戚の家の子だから」
私の子じゃないよ、馬鹿か。話題の中心になっている当の本人は、腕の中でもがいて歩かせてと要求してくる。地面に下ろすと短い足をたどたどしく動かして辺りを歩き回る。でかい図体の面々は、見慣れない生命体に興味津々なのか身動きせずに見守っている。と、そのちまっこいのが瀬戸の足に躓いてべちんと床に倒れ込んだ。覚束ない足取りだからしょちゅう転ぶ。
「あっ、転んだ」
「泣く?これ泣き叫ぶ?」
「大丈夫、案外泣かない」
身長がないから痛みはほとんどないはずだ。自分が転んだことに気がついて、覚束ない動きで花宮の足に掴まって立ち上がって、その足の主をじーっと見つめた。ああ、止めて。あんまり見るとゲスが移る。
「う、あー」
よたよた歩き回っていたけど、得体の知れない巨体の男に囲まれて怖くなったのか私の足にしがみ付いてきた。無垢な瞳を右往左往させたあとに、不安感を訴えると同時に腕を伸ばしておねだりをする。
「うー」
「何、抱っこ?」
「んう」
10キロ近くある子供を抱えるのは骨が折れるけど自分でしがみ付いてくれる分、そこまで重さは感じない。本当に重いのはこの子が寝た時だ。手馴れた様子に花宮がぼそりと呟く。
「様になってるな」
「昔っから任されてきたからね、嫌でも慣れる」
大人しくしている子供は黒々とした瞳を見開いて、私を会話する花宮を不思議そうにじーっと見つめる。あのね、そんなに見ているとお前もゲスになっちゃうってば。さっさと店を出よう。出入り口の方に足を向けた瞬間、腕の中の子供が口を開いた。
「ぱぱ」
「!?」
その場の空気が凍りついたのは言うまでもない。でもそれはほんの少しの間で、子供の発言に呆然と立ち尽くすのは私と花宮だけで、それ以外のメンバーは各々の反応を示す。微妙な表情で笑う山崎に、何故かその山崎の肩を軽く叩きながら薄笑いを浮かべている瀬戸に、普段は無表情の古橋でさえ口元を押さえているし、原に至っては笑い過ぎて立っていることすら出来ないのかしゃがみこんでいる。
「高校生にして一児の親か…逞しいもんだ」
「違ぇよバァカ!」
「違う馬鹿!」
「ツッコミも息が揃ってるな」
瀬戸の要らない一言につられて否定の言葉を発した直後の古橋の指摘にぐうの音も出ず。やり場のないもやもやとした感情を持て余した。
*
「あー超笑った。俺明日の練習で筋トレする必要ないわ」
てめえだけシャトルラン3倍にしてやるから覚えてろよ。イライラしながら電車を待っていると、向かいの駅構内に悠が立っているのが見える。と、その隣にはひどく見覚えのある眼鏡をかけた人物。あー、畜生。嫌なもん見ちまった。それに気がついたのは俺だけじゃなかった。
「あれって桐皇のキャプテンだよな」
「どういう組み合わせだ」
「あいつら従兄妹」
「従兄妹!?」
チッ。むしゃくしゃすんな。虫の居所が悪くてしょうがねえから隣に立っている山崎の足を蹴ってやった。
改稿:20200506
初出:20121225