ご飯を作ってくる話
※原視点
まるで接点のなかった優等生なお嬢様が最近、俺らのテリトリーに気まぐれにやってくる。
「花宮、居る?」
そして今日もふらりとやってきた。用がある人物は周知の通り。俺らバスケ部の監督兼主将の花宮。恐らく、というか確実に掛川ちゃんは花宮の手慰みになってる。やっぱしそういう関係なの?ヤっちゃったの?ああいう、割と真面目な優等生って雰囲気の子がエロかったりするんだよねえ。まあ掛川ちゃんの性格はめちゃくちゃ歪んでるらしいけどね。それはさておき、どうなのエロいの?こういう話には年相応に興味あるから聞いてみたい。
けど、花宮は良い具合に濁すし、掛川ちゃんは蔑みの目でこっちを見たあと突きが顔面向かって繰り出されるに違いない。おお、怖い。お嬢様がこんなに獰猛だとは知らなかったなあ。なんだっけ、 “空手に先手なし”とかいう精神があると聞いたけど、俺らに対しては関係なさそうだ。鍛えられた拳で顔面殴られたら大層痛いんだろうねえ。山崎は殴られてくれば良いんじゃね?ご褒美じゃん。
「そこで伸びてる」
「伸びてる?どういうこと?」
「見れば分かる」
いつもの顔ぶれにいつもの対応。古橋の指差す方向、明らかな省エネモードの花宮が寝転がってる。省エネっていうか、携帯でいうサイレンとモード?物音一つ立てないでいるんだけどね。完全に夏バテしてる。
「生きてる?」
ぐったりと生気なさげに横になっている花宮の膝を、つま先で突いて生存確認をする。そうすると、掠れた声で返答があった。
「…悠か」
「何でこんなところで寝てんの」
「関係ねえだろ…」
花宮の近くには齧りかけのチョコレートと、空になったウィダーの袋。花宮の食事って夏場な特にあんな感じ。空の袋を手に取って、弄んで溜息を吐きながら掛川ちゃんはざまあみろというような口調で言う。
「こんなものばっか食べてるからバテるんだよ」
「うっせーよ…」
怖くない花宮ってのもなかなか新鮮だよね。人のことにまで気が回ってないっていうか、回す気力がないみたいで多少のからかいは水に流される。
「何しにきやがった…」
「いつもは無理矢理連れてくる癖に、自分勝手な奴だな」
悪態をつきながらすりると、掛川ちゃんは手に持っていた布の袋を花宮に差し出した。
「ん、これ」
「…?何だそれ」
「弁当」
「…、っ!?」
てっきり掛川ちゃんのだと思ってたから、まさかの展開に俺らの間に妙な空気が流れる。花宮は弾かれたように起き上がった。状況が飲み込めないようでなんとも言えない顔してる。花宮、状況が飲み込めないのは俺らも一緒だから。
「ちょっと作りすぎたから、ついでに」
隣に座ってる山崎の手からグラビア誌が滑り落ちた。ああ、凄いショック受けた顔してる。マジウケる。
「何が起きてるのか、理解出来ないな」
「古橋、俺も。俺もわかんない」
「毒、仕込んでないだろうな」
「殺る気ならもっと上手い方法考えるけど」
掛川ちゃんは「そんな足が付くような手段を取ると思う?」と見下した。
「ど、どういう風の吹きまわしだ…」
「明日雪でも降るんじゃねえのか」
「外野共、うるさいんだよ黙ってろ」
ピシャリと叱る掛川ちゃんは正直怖い。反論したら鉄拳を食らう確立が高そうだから大人しく俺ら4人は黙り込む。
「弁当箱返すの、いつでも大丈夫だから」
それじゃ。素っ気無い言葉を残して立ち去ろうとする細身の背中に瀬戸が冗談を飛ばす。
「今度俺らにも作って来てよ」
「アンタらみたいな大食いのために作ったら私の3日分の食事が吹っ飛ぶわ」
「どんだけ少食なんだよ」
「ちょ、ちょい待ち掛川!お金払うから俺に作って!」
それに必死に便乗するのが山崎だ。小学生みたいでこっちが恥ずかしいって。なんていうかもうちょっと自然に出来ないもんかねえ?
「喧しい!グラビア誌でも食ってろ!」
「どういうこと!?」
集る瀬戸と山崎を一蹴してそのままさっさと校内へ戻ってしまった。ほんの短い間、5分もなかった出来事にみんなちょっとばかし驚いて掛川ちゃんの後姿を追ってた。けど俺は、余りに驚き過ぎて花宮が弁当箱を手にしたまま硬直してるの、しっかり見たからね。
改稿:20200506
初出:20121029