居座っていた偽者は要らない
誰もいない家で迎える正月にも慣れた。見るだけ時間の無駄になるテレビは消して、自室で静かに本を読んでいたら、着信音が響いた。電話の相手が誰か、確認するまでもない。

「何?」

『よう、1人か』

「うん」

『へー。寂しく新年を迎えたわけか』

「それはアンタも同じでしょうに」

『何してた』

「答えてやる義理があるとでも」

『大方、下らねえバラエティ番組しかやってないことに悪態ついていたか、本を読んでいたか、自室で寛いでいた。ってところだろうな』

「………」

正確無比な回答に口を噤んだ。私の行動はそんなに容易く予測出来てしまうほど単純なのか。疑問と共に苛立ちを覚える私を他所に花宮は続ける。

『暇なら付き合え』

「アンタに付き合うとロクなことがないから断る。家で本を読んでる方がずっと有意義だわ」

『三が日、そうやって過ごすつもりか』

「明日から部活だから休んでも罰は当たらないでしょ」

『はあ、熱心なもんだな』

「別に私が決めたわけじゃない」

『まあいい。口答えしないで付き合え』

「断るって言ったんだけど聞こえた?」

『喧しい。四の五の言うな』

「言ってんのはアンタだ。しつこいな」

『今すぐ出て来い。お前の家の影になってて寒いんだよ』

「え」

驚いてブランケットを蹴飛ばして椅子から立ち上がって、ベッドの横にある窓を開けた。2階から見下ろすと視界の端の方、電話の相手が白い息を吐いてこっちを見上げていた。

『早くしろ。いつまでも待たせんな』

「ちょ、何でいるの」

『5分で来ないなら上がり込む』

一方的な脅しに押し切られるのが腹立たしく、せめてもの抵抗に10分で行くと返事をしてしまった。準備をしながらこれは抵抗になっていなかったと猛省したのは言うまでもない。



電車を乗り継いで、一番近い神社に向かう。初詣客でかなり賑わっていた。

「さっきからなんつー顔してんだ」

「正月からその顔を拝むと思ってなくて…気分悪い」

「てめえ」

人のごった返す道の両脇にはいくつか出店が並んでいる。出店で買い物をする人せいか流れが不規則で歩いては止まりを繰り返しようやくの思いで神社の境内に辿り着いた。そこでも溢れる人ごみを前にして、悠の表情が曇る。

「だから来るの嫌だったのに」

「文句言うな。暇だって言っただろ」

「だからって…痛っ!」

悠が唐突に悲鳴を上げる。でかい図体のおっさんとぶつかったせいで肩が痛いらしい。そこを擦りながら、唸るような低音で不快感を露にした。

「…だから、来るの、嫌だったのに」

「あーはいはい」

「背が高くて人ごみに埋もれない人は良いよねえ、楽で。うらやましい限りだわ」

「はいはい」

「聞き流してんじゃねえよ」

据わった目に眉間の皺。今日の悠は不機嫌の中の不機嫌だ。我が物顔で自分より小さい存在には目もくれず歩く輩の多いこと。密集しているせいもあってぶつかる回数が普段の比ではない。

「仕方ねえな」

「あ?」

「そこで待ってろ」

「何でいきなり」

「ステイ」

人の通りが少しは穏やかなところを指差してやった。おいこら!私は犬じゃない!と文句垂れる声がしたが無視を決め込んだ。この混雑の原因は、一時間毎に行われる護摩焚きを待つ人だ。それが終わればいくらかは動きやすくなる。だからそこでお座りして待っていろ。



1人で石垣に寄りかかって行く人を眺める。親子連れに老夫婦に若年層。出店で綿菓子を買って貰ってご満悦な子供の笑顔に、思わず頬が緩みそうになる。和やかな光景を見ながら、こんなところで待ちぼうけしている不可解さに頭を抱える。私をこんな場所に引っ張り出した張本人はどこに消えたのだろう。

「掛川さん」

名前を呼ばれて我に返って、声のする方を見遣る。見覚えがある顔。確か同じクラスの男子だったはずだ。でも、名前は思い出せない。

「あけましておめでとう」

にこやかに挨拶をしてくる相手につられてこっちも頭を下げる。

「おめでとう」

「1人?」

「…うん。まあ」

「そうなんだ」

今はね。そう言った言葉は相手の声と周りの喧騒とに被って聞こえなかったらしい。周りが賑やかだったとしても人の話は最後まで聞くべきだ。

「掛川さんが良ければこのあと一緒にどうかな」

ここで会ったのが何かの縁、とでも言いたげに興奮気味に詰め寄る。学校以外の場所で会うことの何が特別だというのか。

「最近、凄く溌剌はつらつとして素敵っていうか…。部活も勉強も好調みたいで羨ましいよ。出来たら色々教えて貰いたいんだ」

ぞ、と首筋に寒気が走る。気持ちの悪いことをあっさりと言ってしまえるコイツの神経を疑う。侮蔑の視線を送られているのにも気がつかずに喋り続ける。

「今日は冷えるしここに居るのも結構堪えるだろうし、ね?」

投げかけられる言葉は耳には入ってはいたけど、言葉の意味を咀嚼して理解しようとは思わなかった。善人の面を被っていては相手をつけ上がらせるだけだ。

「はっ…馴れ馴れしいにも程があるんだけど」

鼻で嗤う。丁寧な言葉遣いも気遣いも、一切不要だ。

「本質を見抜けもしない癖に、知ったような口を利かないでくれる?」

相手は何が起きているのか把握が出来ていない。困ったように、笑顔を引き攣らせた。

「えっと、掛川さん…?それ、どういう…」

「ハッキリ言って貰わないと分からない?」

目を丸くして、信じられないと呆然とするクラスメイトに向けて言ってやった。今まで思っても決して口にしなかった言葉を。

「鬱陶しいんだよ」



バッサリ切り捨てた。戸惑い気味に背を向けて歩いていくクラスメイトに悠は目もくれない。腕時計を見遣っていたが、俺に気がついて顔を上げた。

「良いのか」

「何が」

「あんな風に言い負かしたら、今までの偽装工作が無駄になるぞ」

入学してから築き上げた人格、人脈に交友関係に評価。化けの皮が剥がれ落ちたな。そう面白半分で言ってみたら悠はにべもなく答えた。

「どうでもいい。もう受験だし勉強で忙しくて他人に構ってる暇ないでしょ。お人好しを演じる必要もない」

すっきりした顔をしていた。吹っ切れたにせよ肝が据わると強い。

「で、アンタは何しに行ってたの。お陰で鬱陶しいのに絡まれたんだけど?」

「お前が仏頂面だから機嫌取ってやろうと思ってな」

テイクアウトしてきた深緑色の紙コップを差し出すと、更に眉間に皺が寄った。怪訝そうに顔を顰めてカップを睨む。

「サイズに文句あるのか」

「いや…毒でも入ってるのかと思って」

「入れるわけないだろ」

「あっそ」

素直に紙コップを傾ける様子を見て、悠好みのものを買わなくて良かったと心底思った。

「…あっま!なにこれ…!」

「キャラメルマキアート」

「嫌がらせか?そっち寄越して」

「奢ってやっただけ有難く思え」

「何が機嫌取ってやろうだ、逆効果だよ」

さっきのクラスメイトとのやり取りは既に記憶から消えているみたいだ。思考をフル回転させて、感情を押し殺して繕ってきたそれを悠は脱ぎ捨てた。


改稿:20200506
初出:20130101
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