変調
※花宮不在。
12月。この時期に屋上で過ごすのは少し寒いけど、風がなく陽に当たっていればまだいくらか暖かい。人気もないし、読書には最適だ。バスケ部の連中はどいつもこいつも気に食わないし面倒だけど、本音を言っても誰も文句言わないし気を遣わなくて済む。
「あー眠ぃ」
「さっきまで寝てたじゃん」
屋上に現れた途端にどやどやと騒がしくなるから、姿を確認するまでもなく来たとすぐに分かる。向こうも私がいても気にするところか普通になってきたようで、ここにいても何も言わない。「よっ」とか「やあ」とか「また読書ですかお嬢様」と適当に挨拶してくるだけだ。私の前で堂々とグラビア誌を広げるのはどうにかして欲しいところだ。
「花宮は?」
いつもならいるはずの憎たらしい姿が見えない。
「職員室だよーん」
「呼び出し?」
「模試で1位になっただろ」
先々週に実施された模試。例にもれず、私は今回も10位以内をキープ出来た。デッドラインを下回れば母親に酷く詰られる。安全圏に結果を残せたから、憂慮する必要はない。
「ああ、それで」
1位になるとあらゆる教科の教諭から誉めそやされ期待の言葉をかけられるのだろう。無責任で自分勝手さを押し付けられる鬱陶しさなど考えもせずに。
「やっぱ俺、今回も下から数えた方が早かった」
「俺も俺も」
山崎と原は順位の低さを自慢し合っている。数学が恐ろしく壊滅的だったこと、日本語だと侮っていた現代文、自信があったはずの物理が蓋を開けてみれば一番悲惨だったこと。えへへへ、と笑い合う2人の気持ちに全く理解が及ばない。
「さすがだよな。俺ら特進だし」
「馬鹿の特進でしょ?素直にドベって言えば」
「掛川ちゃんってば酷いなあ」
「掛川ちゃん言うな」
「本読むか盗み聞きかどっちかにしようぜ」
声が大きいから耳に入ってくるんだよ。馬鹿2人に構うことなく古橋がバスケットボールを指先で回して弄っている。珍しい光景だ。器用だ。その古橋が誰かに言うでもなく、かといって独り言というには少し訴えるように呟いた。
「最近プレイスタイルが変わった、ように思う」
「変わったていうか、ラフプレイ減ったよねー」
いつもと違う様子に、違和感を覚える。曖昧な声色に本を閉じた。
「ラフプレイ?」
「こういうの。見てて」
「ぐふっ!」
何の前触れもなく腹部に打ち込まれた肘に山崎は悲痛な声をあげた。エルボーを食らって地面でひいひい言いながら痛みをやり過ごしている。肘の骨は硬く尖っていて凶器そのものだ。無防備な体で打撃を受ければ息が詰まるだけでは済まない。
山崎大丈夫か、と心配すると掛川ちゃんって意外と優しい、と腹を擦りながら起き上がった。お前まで人の名前をおちょくるように気安く呼ぶな。
「この間の試合も上手くいったよな」
「ちょっと駆け引きして揺さぶるだけで総崩れになるんだもん。正義感強い奴らって簡単だよね」
「外道。ろくでなし」
「いやいや、練習中に人殴って愉しんでる人に言われたくないね」
喋ったな、花宮の奴。バスケットボールは互いのチームが1つのコート内でプレイする。体を接近させていれば、接触もするだろうし怪我だってすることもあるだろう。事故だって起きるかも知れない。それをわざとやっていた、と?
「戦術の一つだよ。対戦相手が怒りに任せてプレイすれば攻撃は単調になる」
「戦術戦術って…アンタらそればっかだね」
勝てればそれで良かったわけ、と聞いても誰も言葉を発さない。私はこのチームに携わっているわけでも応援しているわけでもない。だから、どのような方針でプレイしようがスタイル自体に苦言を呈するつもりもない。私の踏み込んで良い範疇ではない。
戦術の名目で行われているならば言い返されるものと思っていたけど。どういうわけか、みんな黙っている。何だ、この変な空気は。一体どういうつもりでプレイしていたというのか。長い沈黙を破るように、今まで黙っていた瀬戸がぽつりと呟いた。
「弁明も釈明もしない。俺たちはこういうスタイルでプレイしている。それだけだ」
想定内の返答だ。私は部外者だ。これ以上立ち入る余地もないし、コイツらが私に話す義務はない。
「だけど、何か思うところあるんじゃねえの。アイツも」
私はバスケの何たるを知っているわけじゃない。部活を始めた動機が不純な私が言えた立場ではないが、好きでやっているなら何故そんなスタイルを選んだのか。花宮の性格上、実行するのも指示をするのも動機は“他人の不幸は蜜の味”。これに尽きるのだろう。でも、その言葉だけで片付けてしまうのは浅慮だ。そんな気がする。
改稿:20200506
初出:20120906