そねみではない、断じて
※JC10巻あたり

“暇なら来い”

句読点すらない、素っ気無いメッセージが花宮から届いた。そのたった5文字の下にURLが貼られリンクが記載されていた。来いという割に場所と時間は自分で確認をしろということだ。配慮をする気が微塵もない素っ気なさ。必要な情報は全て寄越してやった。判断するのはお前だ。花宮の言い分が聞こえてくるようだ。

「毎回のことだけど横柄な奴だな…」

全く、面白くない。舌打ちしながらURLをクリックしてホームページに飛ぶ。携帯の画面に表示された情報を目にして、花宮の意図するところが腹に落ちるまで暫し時間がかかった。

“ウインターカップ予選決勝リーグ”
“秀徳 − 霧崎第一”

一体どんな了見だ。試合を見に来い、だなんて。会場は途中下車すれば足を運べる場所にあり、行けないことはない。部活の帰りだと知って見計らったかのようなタイミングで送られて来たメッセージをもう一度読み返す。

“暇なら来い”

家にいたならわざわざ出向きなどしないが、帰るついでだと思えば構わない。見てやってもいいだろう。負けたら大いに嫌味を言ったのちにあざけ笑ってやろうじゃないか。試合開始時間を過ぎてだいぶ経っているため、会場となっている体育館へ向かう人は多くない。高校生のバスケを見に来る人が一定数いるのだと、この時初めて知った。注目度だけでいえば野球やサッカーに軍配が上がるものだと思っていたので、意外な光景だった。

「ああ、本当に来た」

出入り口で待っていた古橋は、私の姿を見てやや驚いていた。それは私も同じだった。試合は既に始まっているはずだ。こんな場所にいて良いのか、と問うと当たり前のように言った。

「花宮の指示だ。今日は二軍が出る」



声援で賑やかな体育館内は少しばかり熱気がこもっている。観客席はまばらに空席があるとはいえ、なかなかの盛況振りで人気と熱気にやや気圧される。案内されるがままついて行くと、コートが一望出来る場所に霧崎第一高校バスケ部のメンバーが陣取っている。花宮はといえば、私が来たことに驚きもせずこちらを一瞬見ただけですぐにコートに視線を戻した。

「アンタら一軍でしょ、試合出ないの?」

「初っ端から本気でやってどうすんだよ」

隣に座るバスケ初心者の私に向かって「戦術だよバアカ」と鼻で笑う。沸々と煮え立つ怒りに任せて、道着やサポーターが入ってそこそこ重量があるカバンを力の限りぶつけてやろうかと思った。が、人目があるから我慢だ。後ろに座っている古橋、山崎、原はちゃんと試合を見ているが、瀬戸は更にその後ろの席で爆睡している。リーグ戦なら対戦するのでは?試合は見なくて良いのか?

「山崎、瀬戸が寝てるけど…」

「瀬戸だから良いんだよ、放っておいて」

「どんな道理?」

まるで特権が与えられているかのような優遇振りに首を傾げた。誰かがムービーを撮る様子もないまま、各々の視線がコートに注がれている。もしかして全員、空で試合の内容を覚えているわけじゃないだろうな。

「……、」

呼びつけた花宮に文句の一つや二つ言ってやろうかと盗み見たその横顔に思わす口を噤む。花宮は身動き一つしないで、隣のコートで同時進行されている試合を見つめている。

次に対戦する学校の分析だ。誠凛高校。学校名を見ただけで実力が分かるほど明るくはないが、それなりに強豪なのだろう。試合終了を告げるけたたましいブザーが鳴ると、コートの中で白いユニフォームの選手が勝利を喜んでいる。霧崎第一は、秀徳高校に大差で負けた。少しタイムラグがあって、向こうのコートでもブザーが鳴る。

「…負けた」

「二軍だしな。残り2つは勝つんだ。問題ねえ」

試合が終わると、古橋たちはさっさと席を立って行ってしまった。二軍の選手たちと話でもするのだろうか。その場に花宮と私、2人だけが残された。

「で、負け試合を見せられた私に何か言うことは?」

「暇だから来たんだろ?時間が潰せて良かったじゃねえか」

「……」

「行くぞ」

我慢をすると腹を決めていたものの駄目だ。尊大な口を利くその背中を蹴飛ばしてやりたい。前を歩く花宮の後姿を見ながら、どさくさに紛れて一発だけなら許されるのではと悶々と考えていた時、突然名前を呼ばれた。

「誰かと思ったら、悠やないか」

聞き覚えのある声に思わず振り返った。私が名前を呼ばれたのに気づいた花宮もこっちを振り返っている。

「翔一くん」

温厚そうだけどちょっと嘘っぽい笑みを浮かべている糸目で少し長めの黒髪にメガネをかけた人物。久しぶりに見かけた懐かしさに鬱憤は中和された。

「は?」

「おお、花宮やないか。久しぶりやな」

翔一くんの声に反応して素っ頓狂な声を出したのは花宮で、そんな花宮を見て翔一くんは見知った人と久々に会ったような反応を示す。私は2人の反応にただポカンとしている。

「…お久しぶりです」

花宮の猫かぶりを久々に見た。相手が年上だからこういう態度を取っているのだろうか。いや、その態度や言葉遣いよりも気になることがある。

「知り合い?」

親戚と仕方なく恋人ごっこをしている憎たらしい花宮が顔見知りらしい状況に、疑問符が浮かぶ。どこでそんな縁が?

「中学が同じやったんや。な、花宮」

「………」

「へえ、そうだったんだ」

妙なこともある、と納得した。が、花宮の様子がおかしい。翔一くんを視界に入れないためなのかそっぽ向いている。反応が過敏というか、困惑しているというか、怯えているようにも見える。もしかして弱みでも握られてんの?



翔一くん、って何だ。珍しく演技の色がない悠の声が弾んだ。会いたくない人物の名前を親しげに呼ぶ。お前ら一体どういう関係だ?睨んでいる俺に気づいたのか、今吉サンは悠の頭をわしわしと撫でながら言った。

「ワシと悠は、従兄弟やで」

「はぁ!?」

いとこ。受け入れ難い単語が頭の中をぐるぐる回り始める。お前らの顔は似ても似つかないが!?いや、落ち着け。親戚だからって顔の系統が同じである確率はそこまで高くない。悠の顔が今吉サンと同系統だったら、と思うと怖気がする。

「苦虫を噛み潰したような顔しよって、相変らずな奴やな」

ニヤリと笑う今吉サンの怪しげな言動。それに表情と佇まいはまさしく妖怪だ。どうして俺の考えが分かったんだよ。悠は頭を撫でられても未だ無反応で、さもそれが普通かのようにしている。従兄弟といえどもそのスキンシップは異常じゃねえか。

「翔一くん、子供じゃないんだから止めて」

「おっと、すまんな。大きなっても年下の親戚は可愛いもんでなあ」

「年齢一つしか変わらないでしょ」

わざとらしい理由をつけながらも、なんとなく名残惜しそうに手を離す。後ろ髪を引かれるかのような態度から、幼い頃から可愛がっていたことが窺える。

「会うの、2年ぶりかな」

「そんなに経つか?」

「最後に会ったの、私が受験の年だったと思う。ほら新年の集まりの」

「おお、あん時以来か」

じいちゃんの家に集まるのも最近は頻度が減ったなあ。妖怪と普通に会話する悠は猫被りをするでも優等生面をしているわけでもなく至って自然体だ。

「東京にいるのになかなか会う機会ないね」

会わんでいい。

「伯母さん元気か?」

「超ヒステリック」

「あちゃあ、拍車かかっとるな」

「どうにかしてくんない?翔一くん」

「無茶言うな。伯母さん怖いし、伯父さんは押しに弱いし」

「一緒に暮らしてる私の身にもなってよ」

「大変やなあ」

「その言い方はこれっぽっちも思ってないね」

「思うてるて。思うてなかったら言うてへんよ」

「どうだか」

久々に会って昔話に花が咲くのはわかるけどよ、それは人をほったらかしにしてまで話す内容か?そもそも従兄弟とか、一体どういう巡り会わせでこうなる。お前ら2人揃って腹の中が真っ黒とは、寒気がするぜ。

「で、何で悠がこんなところにおるんや。バスケ部ちゃうやろ?」

「部活終わりに花宮に呼び出された上に負け試合見せられた」

「はーなーみーやー」

今吉サンは照準を定めるように細い目で俺を見据える。恐ろしく気味の悪い声で名前を呼ばれ喉がヒュ、と鳴った。



改稿:20200506
初出:20120906
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