歪に重なりあう倒錯
※アブノーマル注意
思ったことを口にすると、よく叩かれた。初めのうちは叩かれる意味が全くわからずに泣いてばかりいた。でも口を開けば痛い目にあうことを覚えてから、必死に気に入られようとしていた。
親好みの模範解答、言う通りに振る舞えば叩かれることもなかった。顔色ばかりを窺って怯えながら過ごした幼少期。学校に行き始めると成績が悪いからと折檻され、習い事で結果が出ないと叱責された。逆鱗に触れない言葉を選び相手の好みに合わせて言葉を変えて諂った。恥ずかしくないようにと、世間体を気にする親の好みに合わせて対応を変えて媚びを売った。
年を追う毎に本音を隠し外見を装うのが難なく出来るようになり、それに伴うように成績も確実に上がっていった。その経過を見て、母親は教育が成功したのだと大喜びした。教育?笑わせるな。気に入らなければ問答無用、叩いて罵倒し懲罰を加えるのが教育だと?
「行って参ります」
「今日は何時頃に帰るのかしら?」
玄関で革靴を履きながら、声をかける。堅苦しいにもほどがある挨拶。これが家族の会話といえるものか。毎度のことに虫唾が走る。監視するかのような見送り。玄関に居座る異常者は、他人のタイムスケジュール把握が唯一の生き甲斐みたいなものでこうして毎朝尋ねてくる。
「部活もありませんので、学校で勉強してから帰ります」
恐らく7時頃にはと付け加えると、満面の笑みでしっかり励むのよ、と送り出す。はいお母様。どこまでもしとやかで所作の美しい娘を装って家を出る。お前に言われるまでもなく励んでいる。ボロが出るようなヘマはしない。生まれて今まで被り続けた仮面は、そう簡単には剥がれはしない。駅に向かう途中ですれ違う近所の住人に恭しく挨拶をする。こうやって愛想を振舞えとも教育された。誰がこんなこと、好きでするものか。
*
いつだったか、昼休みにバスケ部のメンバーと一緒に昼飯を食べた時に聞かれたことがあった。花宮に連行されてだけで好んで同席した訳ではないと念を押しておきたい。
「悠ちゃんさ、何で空手部なんかに入ってんの?」
「アンタに言う義理はない」
原の興味があるのか分からないテンションの問いかけに、鼻で笑いながら返した。無理矢理連れて来られた上に、目障りなメンバーと一緒に食事を強要され若干イライラしているのもあった。
「それだけでもつのか?」
死んだ魚のような目をした古橋が、私の昼ご飯を見て不思議そうな顔をした。掌サイズの小振りな弁当箱である。二段重ねとはいえ育ち盛りである高校生の一食としては些か量が少ないのでは、と言いたげだった。
「これで十分」
「燃費が良い体してるんだな」
空手部への入部を親が許したのは、護身術を身につけたいという最もらしい理由に納得したからだ。きっかけは部活動紹介のレクリエーション。部活に入ることなど微塵も考えていなかった手前、先輩たちが新入生を前にプレゼンテーションするその時間を全くの無駄だと思っていた。そこで、白い道着に身を包んだ空手部の演武と組手を見た。
「礼!」
気迫のこもった声で号令がかかった。架空の相手を想定して行われる演武、対して人が対面して自由に技をかけあい攻防が入り乱れる組手。礼節を持ち洗練された技に目を奪われ己が内に生まれた形容し難い感情に突き動かされるまま、明確な理由を自覚する前に入部の意思を固めていた。
「本来は殺傷・制圧する技だったが今は形を変えていて、相手をいたずらに痛めつけ怪我を負わせるものではない。打撃を打ち込む流派もあるが、少なくとも私が教えるのは違う」
聞く限り掛川の動機はその類いではないが、念のため希望者全員に説明している。人を殴れるという短絡的な思考で門を叩く者が少なからずいると、顧問は初対面の私にそう一人ごちる。私と短絡的思考を持つ連中とは違うと分別をした上で説明は続いた。
「空手は稽古を通して人格を磨き完成を目指す理念がある」
起源に始まり歴史を掻い摘んで空手が武道に至るまでの変遷を語られた。己の肉体を駆使し自身を守る。それが本質であるという。誤解をなくすための釈義ののち互いに齟齬のないことを確認し、かくして私生活に部活が組み込まれた。
「筋が良いし型だけじゃもったいないから組手もやってみれば?」
半年も経った頃に先輩と顧問に薦められるがまま参加した練習で、相手に拳が当たってしまった時の感覚を忘れられない。突きが相手の鳩尾に入ってしまったのだ。ほぼ相打ちに近かった。悶絶する相手には心から申し訳なく思ったし、私自身もそれ相応に痛かった。
それなのに、気持ち良くて思わず声を出して笑いそうになった。入部するに至った理由をこの時、初めて理解した。護身術を身につけたい。それは建前だった。
あの高揚感は暴力を振るえた喜びだ。形と経緯を問わない突発的な暴力。これを待っていた。理念を知っていた手前、それを表に出すことはなかったが腹の内に巣食っていることに変わりはなかった。蛇足ではあるがその悪癖が、極限の駆け引きの中で技を決める競技の性質と合致した。一年を待たずして大会で入賞するほどに腕を上げ、技のキレもなかなかの評価を得ている。
「で、何で空手部に入ってんの?」
「………」
「決まってんだろ」
しつこく聞いてくる原に答えるのも億劫だ。無視を決め込んでいると、私の代わりに花宮が口を挟む。からかうのもそこまでにしろ。度合いによっては腹に据えかねる。しかし花宮は屈辱的な揶揄をするでもなく、意外な言葉を口にした。
「満足するからだろ」
「は?満足?」
どういうこと?意味が飲み込めない原は首を傾げるばかりだ。正確すぎる花宮の回答に私は黙る以外に他になかった。横目で睨んでやると、当の本人は面白い玩具を弄っているみたいにご満悦な表情を浮かべている。頭が良い奴は考えることに無駄がなくて的確。私の思考は、手に取るように丸分かりというわけだ。
*
歪んでる。どいつもこいつも、お前も、俺も。
「く、 ぁ 、」
脱いだ制服と下着が床に無造作に散らばっている。夕方、互いに部活がないのを良いことに部屋に悠を連れ込んだ。ベッドの上、俺に組み敷かれて喘いでいる表情は意外と可愛い、とか思うかよバカ。苦痛に喘ぐ顔の方が似合っている。ずっと中に入れているのが辛いのか、体を捩って逃げようとする悠の腰を掴んで思い切り突き上げてやった。何回もして溶けきっているそこから卑猥な音がする。
「ひ、ぁあっ」
「何逃げようとしてんだ、てめえ」
「も、やだ 死ぬ」
「死なねえよこんくらいじゃ」
どんなに腹黒かろうが二面性もってようが、こいつがついこの間まで生娘だったことには変わりねえ。ぐりぐりと中を抉るように動けば過敏すぎるくらいの反応を示す。シーツを必死に掴んで腹を痙攣させて何度もイってる。膝裏を持ち上げて体勢変えるだけでも反応した。お嬢様が肉の棒を咥えてこんなに淫らになる、絵としては最高だ。でもそういうギャップに興奮するような趣味は持ち合わしちゃいない。
「は、な みや ほんと むり」
「自分ばっかイッておいて何ほざいてんだよ」
悠の腹ん中、奥の方まで押し込んだら「うあ」とか言ってまたイった。薄い茂みの中で勃ってるものを遠慮なく指で擦りあげてやった。そしたら涙流しながら声になってない悲鳴を上げて、下の口からじゅっと潮を溢れさせてまた体を痙攣させた。お前何回イく気だよ。泣きながら喘ぐ悠の首の付け根、真正面から見たら全く見えない死角の部分に手を添えてぐ、と少しずつ体重を乗せていく。
最初のうちは、少しは抵抗した。が、終わったあと気持ち良過ぎてイキっぱなしだったのが利いたのか、二回目からは大人しくしていた。きゅぅう、と締まってくる中に、ぞわりと背筋に快感が巡る。
「――、っ」
「は、ぁ」
こうやって首絞めながらヤらないと興奮出来ないなんてただの変態じゃねえか。暇潰しに遊んできた女に拒否られてばかりだったのに、それをあっさりと受け入れた。寧ろもっとして欲しいとばかりに無抵抗に首を差し出してくる。歪んでいる者同士、こっちの相性も悪くないだなんてとんだ笑い種だ。
「、 あ、っ」
「悠、」
搾り取られるような吸い付きに思わず名前を呼んだ。自分のことながら気持ち悪い。もう悠は朦朧として意識を飛ばすか飛ばさないかの瀬戸際に立っている。そろそろ止めねえと殺しちまう。少し力を弱めながら動いたら面白いくらいに腰を反らせた。呼吸が少しは出来るようになって、正気を取り戻しつつある悠はうわ言で俺の名前を呼ぶ。花宮、じゃねえよ。
更に上に圧し掛かって叩きつけるように腰を振れば細い体は壊れるかと思うほどに軋む。壊れたって構わねえ。俺が壊せるならそれで良い。でも壊したくない。締め付けに思考が上手くまとまらない。本能の赴くままどろどろに溶けきっている悠のそこを突き続ける。もう悲鳴すらも上げられなくなった悠の必死に何かを掴もうと空を彷徨う手をベッドに押さえつけて、中に吐き出した。
歪に重なりあう倒錯
(歪だからこそ)
改稿:20200506
訂正:20121126
一部改変:20120914
初出:20120824