壊れる瞬間を
「でさ、ケーキビュッフェ行った次の日にはもうニキビが出来てんの。有り得なくない?」
「また行ったの?好きだね」
「だって安いんだもん。悠も行こうよ。来週もやるんだって。あの店のチョコケーキ、この間テレビに出たんだよ」
「ごめん、甘いもの苦手なの」
「思うんだけどお、悠って何が好きなの?甘いもの苦手で生きてけるの?」
「コーヒー好きだよ」
「でもブラックでしょ?大人ぁ〜!」
会話の全てが心底面倒くさい。本を読んでいたらクラスの女子に声をかけられた。何してんの?って見れば分かるだろ。発売されたばかりの新刊読んでいるのが見えないのか?空気を読んで話かけて来るな。どこぞの店のケーキがテレビに出ようが興味はない。糖質と脂質の塊ばかりを食べているからそんな体型になるのだと分かっていないのか。彼氏が欲しいだのモテたいだのほざく前に鏡を見るのをお勧めする。
「私も悠みたいな体型になりたいなあ」
「いやいや」
「運動部に入ってるとやっぱ違うよねえ」
こういうテンプレみたいな会話、反吐が出る。“そっちだって痩せてるじゃん”と返して欲しいのが見え見えである。このくだらない会話は時間の無駄だ。怠惰な人間の承認欲求を満たすため相槌を打っている事実に腹が立つ。目の前に居る女と同じ空気を吸っているだけで頭悪くなりそうである。
「そういえば悠、誰か待ってんの?」
授業はとっくに終わっていて、部活があればそちらに向かっている頃合いだ。少しは考えられる脳みそを持ち合わせていたらしい。と、その時ちょうど机の端の置いてある携帯が小さく震えてメッセージの着信を知らせる。送り主は花宮だ。これを口実に席を立つ。視界から目障りなクラスメイトが消え失せることが心地良い。適当に笑顔を振りまいてテンプレ通りの挨拶に一言添えてその場を後にした。
「お菓子もほどほどにしないと、制服が着れなくなるよ」
*
恋人を装っている相手が悠だということを知った原は「うわあ、すんげえお似合いじゃん」とわざとらしく声をあげていた。てめえ、スタメン外すから覚悟しとけよ。
「遅い」
「文句言うんじゃねえ」
「待たされたお陰で鬱陶しい奴と話すハメになったんだけど」
颯爽と現れた悠は立ち振る舞いとは逆に不満げに眉間に皺を寄せた。大人しい顔して腹の内はえげつない。じゃあねまた明日と笑顔で挨拶しつつその実、内心で相手の欠点を列挙しつつ痛罵する。ニコニコとしている顔の下には真っ黒い感情を隠していて、口を開けば辛辣な言葉のオンパレード。二重人格かと思うほどの豹変ぶり。如何にいい子の仮面を被っているか。相当なものだ。
「お前、あの女は嫌いじゃなかったか」
「嫌いだよ。あっちから来ない限り話すわけないでしょ」
「シカトすれば良いんじゃねえの」
「したら煩いし喧しいから合わせてやってんの」
「何で女って群れないと生きられないんだろうね、馬鹿みたいに喚くしか出来ない癖に」と忌々しく言う。小さい頃から馬鹿みたいに厳しい家庭で育ち、思ったことを口に出来ずに腹の中に溜め込む癖がついたらしい悠はこうして毒を吐く。口を開けば罵詈雑言の嵐で容赦なく相手を切り捨てるのだ。
運動部のエースで、定期試験の成績では毎回上位に位置する品の良い凛とした優等生然とした外見からは想像し難い。善良なアドバイスをしているかと思いきや、それと同時進行で相手を絶望のどん底に突き落とす言葉も一緒に考えているような女。とてつもない二面性。本音を隠すためにいい子ちゃんを演じ続けたら、いつかぶっ壊れるんじゃねえか。
「悠。お前、無理してんなよ」
「アンタが心配?どういう風の吹き回し?」
「心配なんか死んでもするかよ、バアカ」
他人の不幸は蜜の味。お前も知っているだろ、俺がそれを好む性質だって。その猫被りは、絶妙なバランスで成り立っている。手折るなんて簡単だ。ただお前の本性をバラしたって普段と変わらないように振る舞うだろう。それじゃつまらない。自分で壊れるのも見物だが、それでは些か面白みに欠ける。お前が必死にバランスを取って繕っているのを、足元から容赦なく崩してやるのが一番愉しい。
壊れる瞬間を
(この目で見てやるよ)
改稿:20200506
訂正:20121126
初出:20120823