頼もしい小さな背中頼もしい小さな背中

 
ぐわんぐわんと視界が歪んで、気がついたら真っ暗になっていた。立ち上がれない。体の感覚が曖昧になっていく。やべえと思ったけど疲労には勝てなくて、意識が遠のいていく。

「ぎゃーーっ!! 玄弥っ!? 大丈夫!?」

女の人の悲鳴が聞こえて俺は飛び起きた。目の前には名前さんがいて、わなわなと震えながら俺を見ている。

「だ、だい、大丈夫!? 無事!?」

「え、あ……名前さん……」

「よかった! 生き返った!」

「うわっ……!」

俺の意識がしっかりしているのを確認するなり、名前さんはずぶ濡れになった俺を抱きしめて泣くように喜んだ。地面で突っ伏してた俺に水をぶっかけてくれたらしい。悲鳴嶼さんのもとで鍛え抜いた名前さんの体が俺に密着している。う、うわ。ちょっと待て。

「あの、名前さん、離れて……」

「ああ、苦しかったよね。無事だとわかって安心しちゃってつい…」

「いや、大丈夫です」

「顔色良くなってきたね。さっきは青白かったもん」

俺の顔をマメだらけの掌でペタペタ撫でている名前さんは相変わらず距離が近い。恥ずかしくて、それから逃げるように立ち上がって岩に手を伸ばす。

「ちょっと休んだ方がいいよ。無理にやってもいいことないよ」

「でも修行、全然進まなくて」

倒れる前に、これっぽっちも動かせないことに苛々して岩を殴りつけた拳からは血が滲んでいた。俺は全く岩を動かせていない。悔しかった。地団駄踏んで、叫んでもどうしようもないのはわかってる。でも爆発しそうになる気持ちを溜め込んではおけなかった。

「名前さんは、この岩、動かせたんですよね」

「うん、一応はね」

「やっぱり継子になる人は違うんだ」

遥かに遠く高い地位にいる柱。その柱から直々に指導を受けられるなら。普通の隊士と力の差がついて当たり前だ。

「蟲柱の胡蝶様の継子は栗花落さんだし、恋柱・甘露寺様は炎柱・煉獄様の継子だった。玄弥の言う通りだと思う。頭角を現すのも同期と比べたら早かったのかもしれないね」

継子とは、柱が認めた優秀な隊士だ。そしてこの人は、名前さんは鬼殺隊最強の柱・悲鳴嶼さんの継子だった人。俺の姉弟子。甲の隊士として、ただ鬼だけじゃなく異能の鬼も討伐している。姉弟子と俺との力量差を思うと、腹の奥底がずしりと重くなる気がした。

「名前さんも俺とは違うってことだ」

自分の無力さが歯痒い。ぐるぐると思考が止めどなくなっていく。どうしてみんなそんなに強いんだ。俺には全く才能がない。どうしたらいいのかわからない。

「そんなことないよ。私も何もできなかった」

気がついたら名前さんが俺の隣に立って岩に手を伸ばしていた。

「言葉を選ばないから嫌な言い方になるかしれないけど、弱いってことは伸び代しかないってことだよ、玄弥」

俺を言い表すのに相応しいとは思えない言葉が名前さんの口から出てきた。

「確かに継子になる人はみんな優秀だよ。でも、柱のもとで修行できているなら継子かどうかは関係ないと思うよ。悲鳴嶼さんから学べることや習えること、全部吸収して。今やってることは絶対無駄にはならないよ」

積み重ねたものは必ずいつか実を結ぶのだと、名前さんは続けた。俺が岩を少しも動かせていないのに、実を結ぶことなんかあるのか。納得していないのを察したのか、名前さんは言葉を変えた。

「玄弥、焦らないことが肝要だよ」

「焦らないこと……」

「そう。結果はあとからついてくるの。滝行で立っていられなくても、丸太を持ち上げられなくても、岩が動かせなくても。玄弥はいつか絶対できるようになる。大丈夫。玄弥は稽古を投げ出してないもの。悲鳴嶼さんも玄弥を見守ってくれてる。私も手助けするよ」

名前さんは俺を見上げて強くはっきりと言い切った。真っ直ぐな態度と言葉に、少しだけ気持ちが軽くなって、優しくなれた気がした。肩が軽い。

「名前さん、背が低いのに悲鳴嶼さんみたいにしっかりしてますね」

「失礼な!」

名前さんは「私と大して身長変わらなかったのに、玄弥は身長伸びすぎ!」と俺の背中を叩いて、そのあと陽が暮れて暗くなるまで一緒に稽古をしてくれた。


20230504

弟弟子と姉弟子、柱稽古でこういうことがあったかもしれない。




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