青天の霹靂青天の霹靂
熊のような、いや熊すら凌駕する大きさなのだからトール神と例えるのがいいのだろうか。歯を出して笑うのを見て食われるかもしれない、とトルケルの大きさに慄いていたのは最初のうちだけだった。半日もすればそのさっぱりした裏表のない性格にあてられて、あっさり打ち解けてしまった。
「トルケル、眼帯の大きさの確認をしたいので一回つけてもらっていいですか」
「おっ。早いな。もう作ったのかよ。どれどれー」
なにせ規格外の大きさだから普通に作ったのでは小さすぎるかもしれない。初めてトルケルを見たのはロンドンだった。しかも敵として戦っていた。それが紆余曲折を経て仲間になるとは誰が予想できただろうか。ソリの傍を歩いているアスゲートは私に声をかけてきた。
「悪いなナマエ。大将の眼帯作らせちまって」
「いいんですよ。久しぶりに針が触れて面白いですし」
「おおー、ナマエ見ろよ。ピッタリだ」
「良かったです。ではそのまま作りますね」
「イカした装飾にしてくれよ」
「干し肉四つとミードで手を打ちましょう」
「ちょっと高すぎね?」
私たちのやりとりを聞いたアスゲートは呆れたように、それでいて想像してた通りだと言いたげな顔をした。
「しかし、アッと言う間に意気投合しちまってまあ……」
「私もびっくりしてます」
トルフィンのように近寄るな話しかけるな、とコミュニケーションに難がある(と言い切ってしまうのは些か事情を無視しているけれども)わけでもなく、逆に細かいことを気にしないし人懐こさまであるわけだから拒絶する理由なんてない。トルケルの手下たちは気のいい者たちが多かった。そしてアスゲートも十分に取っ付きやすい。
「トルケルとは長いんですか?」
「ああ、そうだな。気がつけば長え付き合いになってるよ。あんたはどうなんだ」
「私は兵団に加わって一年ほどです」
トルケルはソリの上で酒を飲みながら、馬上のアシェラッドと何やら話をしている。水に流す、とは言っていたがついさっきまでトルケルと死闘を繰り広げていたらしいトルフィンにそれは当て嵌まらないんだろう。折れた腕が痛むだろうに、誰とも馴れ合わずトルフィンは黙々と歩いている。
「アスゲート、紐が解れてます」
「ん? どこだ」
「靴です。踵のところ。ああ、そこです」
「こりゃさっきの戦いでやったな。どっかに引っ掛けたかね」
「ついでに繕いましょう。乗ってください」
手を貸すとアスゲートはひょいと乗り込んできて、ソリの縁に腰掛けた。糸が切れただけで革自体が破れた様子はない。二重に糸を通そうと靴の踵に針を刺していると、アスゲートは思い出したように呟いた。
「そういや、ナマエはさっきあの場にいなかったよな」
「ええ。何かあったんですか」
「大将とあのチビ助……いや、トルフィンは血縁者なんだと」
「えっ。それは初耳です」
「俺らも聞いてびっくりしたぜ」
トルケルはヨーム戦士団の首領シグルヴァディの弟であり、シグヴァルディの娘と当時トルケルより強かった大隊長の男との間に授かったのがトルフィンである。つまりトルケルはトルフィンの大叔父にあたる人物なのだ、とアスゲートからもたらされた情報に私は頭が混乱した。
「トルフィンてば、どうりで強いわけだ……」
「それもだが大将があの皇子の喧嘩の手助けするって言い出したことにも驚いたぜ俺たちは」
「人生どうなるかわかりませんねえ」
雲行きが移ろうのと同じくらい容易く敵が味方になり、味方が敵になる。
「しかしお前が敵になったら厄介そうだな」
「クヌート陛下の味方である限り、私の矢はあなた方に向きませんよ。そこは大丈夫だと保証しましょう」
「おー怖」
それでも、なにが起きてもトルフィンと私はアシェラッドについて行く。何があっても。
20230504
戦いの後、ゲインズバラまでの道中でこういうやりとりあったらいいな。