四弦に勝てない四弦に勝てない

 
教室の一番後ろの端っこの席は、彼女にとって特等席というか、自分だけの世界に入るに容易い場所なんだろうと思う。昼休みになっても誰とも話すでもなく、名前ちゃんはイヤホンをしてスマホをいじっている。

「なに聞いてんのー?」

「……ん? なに?」

すぐそばの席の椅子を拝借して名前ちゃんに話かけながら近くに座る。周囲に全く興味がないのかイヤホンから聞こえてくる音の方に集中していたのか、俺の存在に全く気がついてなかった。話しかけられてるのに気がついて、ようやくイヤホンを外した名前ちゃんにもう一度、同じことを言う。

「なに聞いてんのー?」

「Parkway Drive」

「へー、知らないや。どんな感じ?」

「聞く? カッコいいよ」

「いいの?」

「うん」

「あ、片方だけでいいヨ」

イヤホンを両方外そうとするのを止めたまではよかったけど、名前ちゃんは左耳のイヤホンを俺に渡してきた。俺は名前ちゃんの右側に座ってる。右側を貸して欲しかったんだけどな。イヤホンを手渡されるときにParkway Driveはオーストラリアのバンドで5枚目のアルバムがおすすめだと教えてくれた。

「それ、左耳用だよ」

「知ってる。右で聞く気分なの」

「へえ。音、うるさくない?」

「うん」

「あ、このバンド知らない。かっこいい」

曲が終わって、すぐに次の曲が再生される。落ち着いた様子だった名前ちゃんの雰囲気が少し変わった。数秒前とは目つきが違う。なんかこう、キラキラしてる。こんな楽しそうな顔、滅多に見れない。

「こういうのどこで見つけるの」

「こういうのって?」

「バンド」

「ああ、Youtubeとか、プレイリストで」

「へー」

「いい曲ばっかのプレイリスト公開してる人がいるんだよね。真っ先にチェックしてる」

「ふぅん」

その知らない、男か女かもわからない奴に少し嫉妬した。俺のメールに返信するよりも、真っ先なのかなと思うともやっとする。隣に座る名前ちゃんの肩に寄りかかって、どこの馬の骨とも知れない奴を牽制する。こっちの存在を知りもしないのに牽制なんて変だけどさ。寄りかかってる俺を見て、名前ちゃんは不思議そうにしつつ文句を言ってきた。

「重いよ」

「ベースほど重くないでしょ?」

「ベースの方が軽いよ」

原くんに比べれば、と名前ちゃんはスマホの画面から視線を外さずに言う。今さっき知ったばかりのバンドを検索して概要をチェックしている。出身地、ジャンル、活動期間、レーベル、メンバーに旧譜や新譜の発売予定。特に気にしているのはベーシストのようで、名前を確認するや否やすぐにSNSやYoutubeで検索してる。

「なにやってんの?」

「アカウントとチャンネル探し」

「なんで?」

「プレイ動画があるかなって。人によってはライブの映像とかレコーディングの様子とかをアップしてるからね」

「ふうん」

「あ、あったあった。結構マメに載せてくれてる」

名前ちゃんの興味が今さっき知ったばかりのバンドのベーシストに向けられている。ああ、名前ちゃんのツボを押さえた音楽センスを持つ人間が、全世界のベーシストが、憎らしい。俺は隣にいるのに、彼女は俺をただのクラスメイトとしてか見ていない。

「楽しい?」

「うん、すごく」

俺が声をかけたときよりずっとキラキラした顔をした名前ちゃん、めっちゃかわいい。あー、ちょっとでいいから俺に興味を持って欲しい。


20230504

頑張れ男子高校生、負けるな男子高校生。あとParkway Driveはめちゃくちゃかっこいいです。




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