恨め憎め際限なく恨め憎め際限なく
花宮と私は、”お化け屋敷”と書かれた手作り感満載の看板の前で何をするでもなく座っている。これはなんという拷問だろうか。
「本っっっ当にあり得ない」
「クジ運ねえな」
「うるさい」
霧崎第一高校文化祭の二日目最終日、私たちのクラスはお化け屋敷をすることになった。受付を輪番制で担当することになり、公平性を鑑みてくじ引きをした結果がこれだ。十分ほど前まではそれなりに賑わっていたが、体育館で行われている軽音部のライブやダンス部の演舞に客が集まって人手が少ない。体育館からバンド演奏の音と歓声が聞こえる。
「少しは人がいればマシだったのに」
「俺はこっちの方がいいがな」
「あっそ」
「お前の気色悪い猫被りを見なくて済むしな」
「ちっ。アンタの意見は聞いてない」
最終日の夕方、花宮と仲良く椅子を並べて座ってないといけないなんて苦痛が過ぎる、と舌打ちをした。看板に描かれているのは白いお化けにフランケンシュタインにハロウィンのカボチャのイラスト。妙に上手く描かれたそれらを睨み上げた。
「文化祭なんざさっさと終わればいいのよ」
「たった一時間だろ。イラついてんじゃねえよ、みっともねえ」
「その一時間をアンタと過ごさないといけないからこんなにイライラしてんだよ」
妙に張り切るクラスメイトたち、文化祭当日が近づくにつれて浮かれた雰囲気に包まれていく学校。そういうのを好かない人間にとっては実に居心地の悪かった。もとより学校の居心地がよかったわけではないが。心底どうでもいい文化祭の最後に、心底どうでもいい嫌いな憎たらしい花宮と一緒にいないといけない。
「相手がアンタじゃなければ仮病でも使えたのに」
「優等生が聞いて呆れるぜ」
「うっさい喧しい」
隣にいるのが花宮なら気を遣う必要など微塵もない。文庫本を取り出して読み始めたけど、甘ったるいメープルシロップの匂いが漂ってくるせいで全く頭に入って来ない。隣のクラスはワッフルだったかホットサンドを作っていた。そのしつこく低俗な匂いが苛立ちを助長させる。全く集中できずに本を閉じようとした時、隣のクラスから生徒が出てきた。ワッフルの乗った紙皿を手にしてウロウロしながらこっちにやってきた。
「思ったより客来なくてさー。君ら腹減ってない?」
「減ってねえ」
「甘いもの嫌いだから要らない」
花宮も私も素気無く即答した。金は取らないと言われたがそれで首を縦に降るとでも思っているのか。花宮と私は再度断った。
「悪い! クラスの奴らに分けていいからもらってくれ!」
廃棄だけはしたくねえんだ、と言って机の端にメープルシロップがたっぷり乗ったワッフルを置いて走り去った。
「いや……困るんだけど!?」
押し付けられるこっちの身にもなれ。走り去る生徒の背中に向かって文句を言ってももう遅かった。他所のクラスの机の上に置いていく行為は廃棄と同義だと思う。ストレスの要因の一つが突如目の前に現れて、眉間に皺が寄るのが嫌でもわかった。
「ふざけんなよ……。高校生の衛生観念なんて宛てにならないんだよ。こんなもの食べられるか」
「お前も高校生だろうが」
「じゃあアンタこれ食べれば」
「クラスの誰かに食わせればいいだろ」
「目の前にあるのが無理なんだってば」
この甘い物体とも、花宮とも距離を取りたい。どうせ誰も来ないんだからと教室の隅の椅子に座って本を読んでいると、本に影がかかった。
「名前、サボりはよくねえだろ」
「はあ? ……いっ!」
無理やり押し込まれた指。口の中に甘ったるい匂いと味が広がる。なんだこれ。意味のわからない状況に理解が追いつかない。低俗な匂いと、花宮の体温が目の前にある。
「む、ぐ……っ」
「生憎、俺は本を持ってなくてな」
だからどうした。暇を潰したいなら一人で潰せ。視線で訴えても花宮は手を離さなかった。一方的で傍若無人な振る舞いが始まる予感がして抵抗したけど、止めろと言う間もなく口を塞がれて、本が床に落ちた。
20230504
ずっと永久に喧嘩をし続ける二人。