恐ろしい蛇を掲げて恐ろしい蛇を掲げて

 
轟く銃声。手に伝わる銃の反動。薬莢が転がる音。硝煙の匂い。機械の四肢の関節が外れネジが飛び出る。鋼鉄の骨組みが撃たれた衝撃で歪む。傾いだ体が重力に従って地面に叩きつけられる。砕けた頭部からオイルが漏れ出す。無機質なロボットの目のレンズが、私を見上げている。

「……ん」

リアルな夢を見た。感触も匂いも閃光もなにもかも、たった今感じたかのように鮮明だ。ベッドの中で寝返りをうつ。見た夢はとてもいいものとは言えないのに、心地よい眠りだったと思えるのは同じ空間にロックがいるからだろうか。

「…………」

ロックはソファで静かに寝息を立てている。息を殺して瞬きをせずにいないと、呼吸をしているのか判断がつかないほど静かに、穏やかに。

数時間前、いつものようにロックは私に言った。

「ナマエ、今日も休ませろ」

疲れているだとか、明日の仕事の関係でと理由をつけて私の家に上がり込むことがあった。それはいつも唐突で何の前触れもない。でも私には断る理由なんてなかった。

「前もって言ってくれれば食事の用意ができるのに」

「要らん気遣いだ」

「私は気になるの」

「俺は休めればそれでいい」

二人きりの時間に、何かが起こることを望んでいないはずがない。それでも、男と女が一つ屋根の下にいながら何かが起きたことは、一度たりともない。食事をして仕事の話をしているうちに時間は過ぎてしまう。

「ねえロック、ジグラッドが完成したあとはどう動くと思う?」

「わかりきったことを聞くなナマエ。祝日の間は人が増える。犯罪者であってもそうでなくてもよそ者がいてもなんらおかしくはない。それを隠れ蓑にして好き勝手するはずだ」

ロボットが。ロックの憎しみの矛先は常にロボットに向けられている。ひと時たりとも止むことなく仕事もそうでないときも、ロックにとっては息をすることのように。

「寝る間もなく働くことになりそう。わかってるけど」

「奴らは昼夜問わず場所も選ばないからな。全く忌まわしい」

ロックが養父に向ける感情は悉く拒絶されている。拒絶された寂しさや悲しさは、憤りと憎しみに変わる。その矛先はロボットに向かう。

「……」

「なんだ」

「ううん。なんでもないよ」

サングラスの下を覗き込もうとしていた私はロックの声で我に帰った。機械を見るロックの冷ややかな瞳には、いつも憎しみが宿っている。それを見る度に考えてしまう。美しい蒼い瞳が私だけを捉えたらどれだけいいか。私は、好いた人と肌を重ねることを望んでしまう人間だから。私を見て欲しいと願ってしまう人間だから。

真っ暗な部屋の中、掠れるような声で彼の名前を呼んだ。

「ロック」

睦み合う関係になれたなら。そんな夢想を描こうとした矢先、私はロックの寝ているソファの下に何かが落ちているのに気がついた。ベッドから這い出て静かに忍び寄って、目当てのものを拾い上げる。

「……」

シックな細工が施された長方形の開閉式のフォトフレームだ。邪な考えが浮かんで、ロックが寝ていることを確認する。無垢な寝顔。その隣で私物を勝手に見ることに罪悪感を覚えつつも手は止まらない。指先に力を込めていくとカコ、と硬質な音がして蓋が開いた。

カーテンの隙間から僅かに入り込む街灯の灯りで見えたものに、一瞬呼吸を忘れた。そしてすぐに肌身離さず持ち歩いていただろうそれの蓋をしめて、そっと枕元に置いてベッドに潜り込む。

「そうだよね」

フォトフレームには、若きレッド公と幼い頃のロックの写真が入っていた。ロックの胸中を埋め尽くすのはレッド公である。彼の行動原理には養父が関わっている。私の入り込む余地なんてないのだ。

「それでもいい」

一昨日も昨日も今日もロボットを撃ちまくった。明日も明後日も明明後日もその次も、ずっと機械を撃ち壊していくんだろう。禍々しいマークのついた腕章をつけ、揃いの服を身にまといロボットを壊して歩くんだ。

今は、それでいい。それが続く限り、私はマルドゥク党のリーダー・ロックの腹心として彼の隣にいることができるのだから。


20230504

マルドゥク党の紋章のモデルは古代メソポタミアの伝承に登場する神獣らしい(出典:メモリアルブック)。




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