うつくしい色うつくしい色
縁側で針仕事をしている名前の隣で、仔太郎と飛丸はのんびりと寝転がっている。平和な昼下がりだ。畑仕事を終え昼食を摂ったあとはそれぞれしばしの休息を取るのだが、一人だけ姿が見えない。
「そういや名無しはどこに行ったんだ?」
「さあな。どこか快適なところで昼寝でもしてるんじゃないのか」
「そんなところ、
すん、と鼻をつく匂いに仔太郎と飛丸の顔色がおぞましいものを思い出したよう跳ね起きた。慄いた飛丸は一目散にその場を離れて、畑の畝の器用に飛び越えて距離を取っている。
「名無しの野郎っ! またあの木の実煎じてやがるなっ!」
「ああ、この匂いか」
半分涙目になりながらもごもごと恨み言を言っている仔太郎の隣で、名前は何食わぬ顔をして手を動かしている。
「相変わらずひでえ……鼻がもげそうだ」
「赤鬼のやつ、まだあれを使ってるのか」
「知ってるのか? 名前」
「あの木の実の使い方を教えたのは私だからな」
「なっ……!」
「なんてものを教えやがったんだ!」と非難轟々の仔太郎は飛丸の後を追って畑の向こうに逃げていった。元凶はお前か、と言わんばかりの視線を投げかけてくる一人と一匹。名前はその様子がおかしくて思わず笑ってしまった。しばらく話しかけても素気無くされそうな態度である。ほとぼりが冷めるのを待つため針仕事を一旦切り上げて、名前は名無しがいるであろう納屋へ向かった。
「仔太郎がくさいくさいと文句を言っていたぞ」
「もう匂いはなくなった」
「風に乗ってきたんだよ、向こうまで」
軒下で椅子代わりに使っている木の切り株に腰を下ろして名無しは鍋を見ている。
「また染めるのか」
「ああ」
「ここではだれもお前を怖がらないだろう」
「お前の薬を求めて来る奴はそうじゃないさ」
「そうかね」
「こんな
「大袈裟だな」
名前はため息をついて名無しの隣に座った。
「私がいない間に、何か言われたか」
「額に傷のあるじいさんが俺を見てえらくびっくりしてな。悲鳴上げて逃げ帰った」
「ああ……。その人、さっき駆け足で来て薬を受け取るなり駆けて帰っていったよ」
「やっぱりな」
「お前と仔太郎のことは伝えてあるんだがなあ……」
全幅の信頼を寄せられている薬師のもとにいても、名無しの風貌は異形と映り恐ろしいものと認識されてしまう。気味悪く思われるなら染めた方がいい、と考えている名無しの心情を察して名前は申し訳なく思った。
「すまない」
「お前のせいじゃない」
春のあたたかい風に吹かれて名無しの髪が揺れる。陽が当たるとところどころ際立った赤になる。燃えるような赤い髪。それが他の村人には恐ろしく見えたのかもしれない。しかし名前にはただただ美しく映った。揺れる名無しの髪に触れて名前は魅入られたように呟いた。
「……私は好きだな、この色」
「そうか……」
「ああ。綺麗だ」
「そ、そうか…………」
名前から顔を背けている名無しの耳が仄かに赤くなっている。その様子を、物陰から見ていた飛丸と仔太郎は困惑しながらもその興味深い成り行きをずっと眺めていた。
「名前が名無しを口説いてやがる……」
名無しが髪を定期的に染めるのは続いたが、その色が徐々に淡くなっていくことはまた別の話である。
20230504
くそっ…じれってーな……。