もしもの話をしよう
「1999年に人類滅亡するらしいよ」
「大予言の話?」
「そうそう」
オカルティックな話題が聞こえてこない日はない。視聴率を獲得するために特集まで組んでワイドショーでも取り上げるほど。この話を信じるのが子供ならまだ可愛げがある。西瓜の種を飲むと臍から目が出て腹の中で育つなんて法螺を信じるのと同じくらいなものだから微笑ましくすらある。でも大の大人が大真面目に滅亡を憂いているのは寒々しい。街頭インタビューに答える大人たちはさすがにサクラだよな、あれは。
「名前さん、信じてるの?」
「まさか。現実味なさすぎ」
「だよね」
「信憑性ないじゃん。恐怖の大王って誰?って思わない?恐怖の悪魔なら少しは考えたかもだけど」
「何を」
「身の振り方」
滅亡が確定事項なら短い残りの人生をどう過ごすかが全人類の課題になる。でも実際のところ、昔のフランス詩人が書いた作品を日本の作家が独自解釈した本が爆発的に売れて流行っているだけらしい。
「本当なら人類みな等しく余命一年半くらいってことだよね。自棄になって凶悪犯罪を起こす奴も出てくるだろうし悪魔の数も増えるね」
「そうだねえ」
死亡率高くて人手不足なのに首が回る忙しさになるね、特に公安は。民間のデビルハンターが忙しくならないわけもないんだけど。
「不思議だよね。そこまでしか生きられないとわかった途端にみんな死に急ぎ始めるんだもん」
言うまでもなく時間は有限だ。限りなくあるものだと勘違いしてるけど、宣告されたら意識せざるを得ない。
「まぁ滅亡するってわかってたらお行儀良く畏ってるのもバカらしいよね」
「もしもだけど名前さん、お行儀良くしてられないなら残り一年半で何すんの?」
嫌いな奴を殺して回ろうかな、と名前さんはどこの誰それが嫌な性格していると名前を口にしながら指折り数える。
「吉田は?どう過ごす?」
「あと三日って言われたら突飛なことするだろうけど、一年半でしょ?なら今と変わらず普通に過ごすかな。学校行ってデビルハンターの仕事して、友達や名前さんと遊んだりするよ」
「へえ、意外」
滅亡しようがしまいが知らないけど、とりあえず残された548日は変わらず生活を送る。そう言うと名前さんは目を瞬かせたあとに笑う。
「嬉しいね。後輩にそう言ってもらえるのは」
「だってまだやってないことあるから」
名前さんはキョトンとしている。
「友達とは卒業旅行の予定とかあるんだろうけど、わたしとやってないことって何かあった?」
とぼけてるのか本当に分かってないのか。
「名前さんばっかりいい思いするのはずるいでしょ」
少なくともまだ世界は続くから。
「滅亡する前には一線越えておこうよ」