身の丈なんて考えないで
※三尉夢主
「田舎者へのご教授、感謝いたします」
真面目、勤勉、ルールを守る優等生、少し融通が利きにくい、義に篤い、というのがアイン・ダルトンの印象だろう。自分の体には、半分火星の血が流れている、という理由で不遇の扱いを受けていても文句の一つも言わなかった彼を、どうにも放っておけなかった。
「真面目も大概にしないと、アイン」
「ナマエ…」
アインは同期に酷い言葉を投げかけられ一方的に理不尽な言いがかりをつけられていた。こういった出来事の一部始終を見てしまったあと、こうして彼に声をかけるのは幾度となくある。火星の血が混じった異端、田舎者、そう揶揄し見下している輩の案外多いこと。そのやり取りを見られたと気がついてアインは私から目を逸らした。
「どうして怒らないの」
「怒ればそれで気に食わないと詰られる」
「そんな…」
「黙っているのが一番なんです」
詰るだけ詰って満足して去っていくのだという。言葉の刃は心を抉る。偏見が誤解を生んで、軽蔑が迫害をもたらす。悪の連鎖は大きくなるばかりで、そこに思いやりも気遣いも存在しない。
「ナマエ、俺に構うと貴方も目をつけられます」
「アイン…」
「では」
「ねえ、待って」
立ち去ろうとするアインの背中に手を伸ばす。どうして一人でいようとするの。思わず質そうとして口を噤んで伸ばした手を引っ込めた。そんなこと、聞くまでもない。彼は、自身の出生で辛い経験をして人と深く関わるのを回避している。
「目をつけられるから、なんだっていうの」
「貴方は詰られる人の気持ちを知らない」
反論されて返す言葉がない。わたしには火星の血が流れていない。出生を理由に詰られることも馬鹿にされることもない。平々凡々とした人生を過ごし、人の敵意の視線に晒されることも、悪意に満ちた見えない刃を突き付けられることもなかった。眼光する鋭く見据えるアインに、身が硬直する。凛々しくも痛々しい。わたしをしばらく見据えていたアインは、絞り出すような声で続けた。
「そんなものは知らなくてもいい。貴方は、知る必要がない」
何も知らないだろうと言って突き放して、それでもわたしの身を憂いて自分から遠ざけようとする。それがちょうどいい、と。お似合いだと、卑下して受け入れる。
「俺は一人でいいんです」
一人でいいと言う人が、そんな辛く悲しそうな顔をするはずがない。アインの表情は、何かに、誰かに縋りたくて仕方ないと訴えてきていた。
「わたしは、誰になんと言われても構いません」
どうしてそんなに優しいの。茨の道を歩む貴方の傍らに居たいと言うわたしを気遣うの。誰よりも優しさに触れたいのは貴方のはずなのに。誰よりも、手を差し伸べられるべきは貴方なのに。
「貴方と一緒に居たいんです」