戯れの剣戟
※戦闘狂夢主
死は理不尽だ。
「嫌だね。味方に見放されて敵地に一人置いていかれたり、周りがみーんな死んじゃって自分だけ生き残っちゃうっていうのは」
主戦力を退けた後は赤子を捻るが如く、有象無象はあっという間に倒れていった。腱を切られ走ることはおろか立っていることもできない男が地を這うのを眺めている。
「悲しいねえ。お兄さん、家族はいるの?」
ぶん投げられた折れた刀を矛先で弾き飛ばして間合いを詰める。抵抗力がほとんどないのをいいことに男の背中を踏みつけて首筋に槍の切っ先を這わす。
「いちにのさん、で切っちゃうからお別れの挨拶は適当に済ませてね」
槍を振るいながら、絶望を前に無力なことを悟った人の表情とはなかなか面白いものだと思った。嘲りに憤慨する気力もなく罵声を浴びせることもなく全てを受け入れてしまう。
「ここ最近、よく喋りながら殺していると思ったらそういう理由でござるか。ひどい死に顔を拝むために逆撫して回っていると」
「逆撫では心外だなぁ。殺される側の心境を聞いてるだけだよ」
「悪趣味でござるよ。強者と闘うのが望みだろう。なにが不満だ」
「なにが不満って、強い奴いないじゃん」
命を削る戦さ場こそが居場所であると槍を振るうがその相手が悉くわたしを満足させてはくれない。手強い敵と相対して血湧き肉躍る毎日であればこんな真似はしない。三つ数えたあとに首撥ねると宣告するのも嬲るのも不満だからだ。
「余裕があると遊び出しちゃうのは人間の性でしょ。それに趣向を変えた方がマンネリ化しないし」
「遊びも程々にするでござるよ」
「程々に強い奴と戦えたら考えるでござるう」
「左様か。ならば相手になろう」
「えっ?マジ?」
初めて会った日に打ち負かせられたのち、「またしようね」と口約束をしたっきりだった手合わせを河上から持ちかけて来た。空耳ではないかと思ったけど刀を抜いて向き合う様子からすれば間違いはない。大仰に構えず飽くまで自然体の構えだというのに、ぞわりと首筋が粟立つ。しばらくなかった感覚に心が昂ぶる。戦えると分かった途端に力が漲り始める。四肢や指先、体の中心の方にも、ありとあらゆるところに。
「駄々を捏ねてみるもんだなあ…」
愛槍を構え臨戦態勢を整える。ヘソを曲げて河上の口調を真似したら手合わせしてもらえるなんて棚ぼたもいいところだ。一人でに頬が緩む。
*
よほど鬱憤が溜まっていたらしい。表情こそ興奮を抑えきれない幼子のようだったが、奔る切っ先は恐ろしく鋭く遠慮がない。軽業師じみたトリッキーな身のこなしから繰り出される槍が掠める度に髪の毛が数本舞う。最初に相対した時よりは格段に動きが良い。柔軟な体が宙を舞い、槍が振り下ろされれば土煙が上がり死角から急所めがけて刺突が繰り出される。研ぎ澄まし鍛えたのは槍だけではなかった。しかし。
「詰めが甘いでごさる」
「ぬぁっ!?」
容赦なく吹っ飛ばされ地面に伏す名前の喉元に刀を突きつけるといくらか満足したように口元を緩めた。肩で息をする姿を久方ぶりに見る。名前は疲労感にご満悦の表情を浮かべている。
「あ〜…久しぶりに疲れたあ…」
「まだやるか?」
「今日はもういいかな…とりあえず満足」
「それは重畳」
「はあ…やっぱ誰よりも河上が一番強いと思う。底が見えないよ」
「拙者に勝てないのは相性の問題でござる」
「でも体の相性は抜群だよね」
ノーリアクションですか、と口を尖らせる名前は勢いでした発言を放置されて恥ずかしくて堪らない。存分に動いたあとの赤みとは違うそれが浮かび上がる。耳まで赤い。言うんじゃなかったと顔を手で覆う。
「名前、これは仕事だ」
「相性については無視するのね」
「遊びも大概にしろと言っても聞かないだろう」
「よくご存知で。飢えてるの」
「ならば、趣向を変えていくらでも相手をするでごさるよ」
「本当?」
「嘘を言ったことがあったか?」
「ないね!」
パッと笑顔を咲かせてまたやろうね、と言う名前の手を取った。