糧をいただきましょう
※岩柱元継子

鬼に負わされた傷から血が流れていく。判断力が鈍っていた俺は鬼の一撃を食らって危うく死ぬところだった。日輪刀で一刀両断にされ、チリチリと崩れていく鬼。その傍らに立つ隊士を見上げた。

中性的な顔立ちにはいくつか古傷が見受けられる。少しばかり伸ばしっぱなしでありながら艶のある黒髪、鬼殺隊士に支給される隊服に白藤色の質素な羽織を着た、飾り気のない女。目立った特徴はないものの、鬼を斬ったあとなのに昂るでもなく落ち着き払った様子がとにかく印象に残った。あの時のことは今でもはっきりと覚えている。助かったと思った。

「腹が減っては戦はできぬとは言うけど、君、それはあまりにも悪食が過ぎるよ」

その女は転がる鬼の死体を刀の切っ先で指しながら言った。



「久しぶり玄弥。体調はどう」

「律さん」

蝶屋敷で久方ぶりに玄弥と会った。わたしは、先日の鬼狩りで怪我した腕の調子が芳しくなかったので胡蝶さんに看てもらった帰りだ。容態を確認すると即座に絶対安静を言い渡された。「全く、どうして早く看せに来なかったのですか」と小言を言われながら包帯で腕をぐるぐる巻きにされ、首から下げた三角巾でしっかり固定する羽目になった。

これではまるで怪我人だと文句を言うと胡蝶さんはにっこり笑ったまま「あなたは立派な怪我人です」と怒った。一つ年下なのになんと恐ろしく説得力のある切り返しだろう。

いや、歳は関係ないかな。申し訳ありませんでした蟲柱さま。気迫に圧されるがまま失言を謝罪し、また看せに来るよう約束をして診察室をあとにしたところだ。

「定期診断だね。でも顔色が良さそうで何より」

「お陰様で。悲鳴嶼さんも変わらず息災です」

玄弥は鬼喰いが判明したのち、岩柱の紹介で胡蝶さんに健康診断を受けるようになった。言葉少なに礼を言う玄也は年頃のせいなのかやや素っ気ない。

「腕が治ったら訓練に顔を出すよ」

「伝えておきます」

いくらか刺々しさのなくなった玄弥を見て心配が和らいだ。悲鳴嶼さんの教育方法が合っているのだろう。我が師匠は素晴らしい手腕を奮っている、と改めて尊敬の念を抱いた。

「弟弟子に会ったのも何かの縁だ。玄弥。昼飯は摂ってないね?」

「まだです」

妙な問いかけにきょとんとする顔つきは年相応の少年らしいあどけなさがある。

「美味しい食事処を知っているんだけど、一緒にどう?」

年頃の男の子は食べ盛りだろう。腹一杯食わせてやろうと思う。



律さんはきのえの隊士だ。初めて会ったのは無茶苦茶な方法で鬼と闘っていた頃で、瀕死の重傷を負ったところを助けられた。彼女の伝手で俺は悲鳴嶼さんの継子になった。

「怪我をしたのが利き手でなくて運が良かった。右手が使えなかったら玄弥にあーんしてもらわないといけないからね」

「そういう冗談はやめてくださいよ」

律さんは、少しばかり照れくさいことを言う。決してやりはしないことは分かっているが想像するだけで顔が熱くなる。

「実はわたしもね、鬼を食べたことがあってさ」

「えっ」

「ま、硬くて食えたもんじゃなかったし食べたところで消化なんかできなかっただろうけど。あれを食って戦える玄弥はすごいよ。これ胡蝶さんが聞いたら怒るだろうけど」

鬼を食べたことを詳しく聞こうとしたがはぐらかさて、法螺なのか本当の話なのかはわからなかった。運ばれてきた天丼に二人してかぶりつきながらも話は弾む。

「昔みたいに無茶して食わないし戦わなくなったんで、大怪我することは減りました」

「それは重畳。悲鳴嶼さんの訓練しっかりやれば大丈夫だよ。最初はキツくて吐くけどね、よく観察して真似して繰り返すに限る」

悲鳴嶼さんの訓練は過酷を極めるため全くついて行けずに鬱憤が溜まりドツボにはまったとき、律さんの何気なくも的確な一言で助けられたことが何度かあった。姉弟子は頼もしい存在だ。こうして顔を合わせると理由をつけて食事に連れて行ってくれたり、気を遣ってくれる。

「可愛い弟弟子が頑張ってるならわたしも頑張らないとね」

「腕、早く治るといいですね」

「動かさないと鈍るから、明日からまた警備に行くよ」

大きな海老天を頬張る律さんは笑って頷いた。治るどころか悪化して怒られること請け合いだ。絶対安静の言いつけを破ったのがバレなければいいのだが。すっかり食べ終えてどんぶりが空になっても腹が満たされなかったのは俺だけではなかった。

「なんか物足りないから、西瓜を買おうか。悲鳴嶼さんとみんなで食べよう」

歯を見せて笑う律さんは口直しに茶を啜った。きっと姉さんがいたら、こんな感じなんだろう。笑顔と好物につられて頷いた。


修正:20200513
初出:20200509
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