トルフィンに素っ気なく評価される
林の中、敵の喉笛を描き切る寸前で拳を食らった。そのせいで顔の中心の方から湿った匂いが迫り上がってきた。生温かいそれを舐めると少しばかり鉄の味がする。出血の量が多く拭っても溢れ出して、口を伝って顎から滴り落ちた。

「下っ手くそだな、ナマエ」

「トルフィンと比べないてくださいよ」

事の一部始終を見ていたトルフィンに容赦なく卑下されて唸る。いつもと変わらぬ戦闘だった。背後を取られて咄嗟にナイフで応戦した結果だった。至近距離の相手に弓を番える暇なんてない。わたしから弓矢を取ったら生憎ただの小娘だ。慣れない武器で相手を殺せたのだから、鼻血が出たくらいなんて事ない。

”耳”が捉えた通り、襲った村から逃げた村人は四人。助けを呼ばれては面倒だからと、皆殺しにするのは当然の指示だった。地面に転がる死体は、そのうちの三人。

「もう一人いるはずだ」

「場所を変えて待ち伏せしましょうか」

「なら向こうだな」

「ところで、添え木が取れて良かったですね」

トルケルと戦ってできた怪我は生半可ではないものばかりだったのに、無茶をするのが目に見えていたからガチガチに固めておいて正解だった。ヒビが入り本格的に折れる寸前だったというのにトルフィンは事あるごとにアシェラッドに突っかかっていた。

「でもまだ治りかけだから無茶は厳禁ですよ」

「他人の心配よりてめえはそれどうにかしろ」

「鼻血はそのうち止まります」

「じゃあ垂らすなよ」

本来ならトルフィン一人で問題ないのだが、治ったとはいえ完治はしていないため一人では討ち仕損じる可能性があると、わたしにも白羽の矢が立った。死体から矢筒を拝借してトルフィンのあとを追う。

「四人いて、どうして一人だけ別行動をしたんでしょう?」

「さあな。なんだろうが探す出して殺す」

褒美の決闘だけを目当てにアシェラッドの指示に従っているトルフィンはわたしの問いかけを無視する。考えすぎかな。そう思うと同時に、草むらの奥で何かが動いた。ウサギか、と判断したのは浅はかだった。

「クソガキどもが!」

「!!」

草むらから男が叫びながら飛び出してきた。体当たりを喰らったトルフィンが吹っ飛ばされていくのを視界の端で確認するのに精一杯で、のし掛かって来る男に全く反応できなかった。押し倒されて全体重をかけ首が締められて、息がまともに吸えない。

「よくも仲間を殺してくれたなァ!」

「ア、 が、…っ!」

復讐だ、と男は叫んでる。村の仲間を一人残らず殺したお前らも同じようにしてやる。ますます力の籠る手がわたしの首を絞める。

トルフィンは?腕が完全じゃない、下手したらまた折れてこいつを殺すところじゃない。

ナイフは?まだ持ってる。そしてこいつはそれに気がついてない。

手を伸ばして、男の兜に触った。女なら真っ先に始末できると踏んだんだろう。実際そうだ、簡単に捻り潰せる。だから必死に腕を振り回してるのは抵抗だと思い込む。頭がそこなら、喉は拳二つ下辺りにある。

「死ね!女!」

「、っ……!」

苦しさに悶えながら男の首目掛けてナイフを突き立てた。首を締める手が緩んだ隙に、切っ先を回転させて喉を抉った。骨の砕ける音と肉が裂ける感触が柄に伝わる。力任せに更に突き刺していくと、馬乗りになっていた男の体が不自然に震え、生温い液体が降って来た。

「う、 ぶっ…!」

顔面に何かを被って、視界は黒く鉄臭い匂いと粘つきに覆われる。気持ち悪くて、思いきり男を蹴飛ばして顔を雪で拭った。ようやく目が開けられるようになって周りを見ると、襲ってきた男は喉に深々とナイフが突き刺さって死んでいた。締められていた首が、喉が痛い。深く呼吸をしようとすると痙攣して咳き込んでしまう。

「げほっ…!おえ…、酷い目にあった…」

「おい、ナマエ。無事か」

突き飛ばされたせいで肩をどこかにぶつけたらしく庇いながら歩いてくる。血をわたしのものだと思ってトルフィンは目を剥いたけど一瞬だった。幸い怪我らしい怪我は負ってない。

「汚ねえな…」

「ええ、本当に…。でもこれで全員です」

死んだ男の目は見開かれて空を見たまま転がっている。血塗れのわたしと死体を交互に見て意外そうにトルフィンは言った。

「やればそれなりにはできるじゃねえか」

「あれ…。珍しく褒めてくれるんですね」

「図に乗るなよ」

急所を確実に狙った凶器を抜き取り、血を拭う。ナイフの扱いや戦いに関してトルフィンに“そこそこ”のと言ってもらえたら獲物を弓矢から変えようかと考えてしまうかも知れない。

「乗りませんけど、もう少し腕は磨こうと思います」

“やるじゃねえか”くらいになれればいいですけど。


20200816
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