アシェラッドに称賛された喜びを噛み締める
ナマエは、ぎゅう、と胸の辺りが締め付けられるような感覚に陥った。

「驚いた。お前意外とやるじゃねえの」

兵団に加わって初めての戦闘で目にも止まらぬ速さで敵を射抜いたナマエを見て、アシェラッドは感嘆の声をもらしている。堅牢な砦を護る弓兵の喉元へ矢が突き刺さり片っ端から倒れていく光景を前にして、周りから驚きと動揺の声が上がる。誰もが、女がこんな芸当を身についているなど予想だにしていなかったのだろう。

「野郎ども畳みかけろォ!」

アシェラッドの号令に駆けていく兵団員の行く手を遮る敵兵を迎え撃つ。剣を振りかぶった髭面の男の喉、兜を被った男の左目、斬りかかろうとしている楔帷子の男の耳、背を向けている男の腱、背中、額。ナマエは目につく限りを射る。万事休すかと思った矢先、敵は矢に倒れていく。一体誰がと後ろ振り返ってみれば新入りの女が矢を番えて淡々と敵を捌いている。

「すげえ…」

「右前方が手薄になった!雪崩れ込め!」

後方援護は女がする、と遠く離れたナマエの耳にもしっかり聞こえた。どんな喧噪の中でもアシェラッドの声は聴き違わない。しばし息を吐いて狙いを定める。どこの誰であろうとこの矢は外さない。的確に急所を射抜いてみせる。ナマエの感情は静かに昂った。

「お任せください、アシェラッド」

大将首は例の如くトルフィンが掻き切った。戦闘が終わったあと、砦の中を物色していると死体から矢を抜き取ってアシェラッドは言う。ナマエが真っ先に殺した敵の兵士が、喉を貫かれこと切れていた。周囲にも同じように矢傷以外の傷がない死体がごまんと転がっている。

「見事なもんだな」

「このために腕を磨いてきましたので」

「そりゃ心強い。ナマエ、これからガンガン働けよ」

小娘の戯言と受け取ったのか本心と解って言ったのか定かではないが、背中を強く叩き鼓舞されてナマエは深く深く頷いた。



デンマークのユトランド半島。地方領主ゴルムの村でアシェラッド兵団は冬を越す。

「船尾に隠されていました。装飾品に加工されてない宝石が入った袋が二つばかり」

「ったく、誰だ?ちょろまかそうとする奴は」

こっそり懐に忍ばせて売ったりするのはトルグリム辺りだろうか。今頃、船の中を血眼になって探しているかも知れない。

「おいアシェラッド、真面目な話をしておる。ちゃんと聞け。お前の手下が一日に食う物を銀貨に換算するとだな…」

「安心してくれ。稼ぎは十分ある」

机で金貨や銀貨を数え勘定をしている初老の男性にアシェラッドは言う。樽の中から零れ落ちそうなほどの金貨や宝石がたんまりと山積みになっている。宝石の詰まった袋を樽へ放り投げると、硬質で重たい音が部屋に響く。領主は、その袋を持ってきたわたしを訝し気に眺めている。

「見ない顔だな」

「ゴルムの叔父貴。こいつはナマエだ」

つい先日兵団に加わった奴でな。アシェラッドは窓辺に腰掛けながら続ける。

「新入りだがこいつのお陰でだいぶ儲けた。携える弓矢は飾りじゃねえよ。女だてらに矢を射るってバカにした奴は痛い目を見たね」

アシェラッドの称賛を聞きゴルムと呼ばれた領主はわたしを見た。この小娘が?と言いたげに首を傾げる。

「しがない弓兵ですが、お見知りおきください」

アシェラッドは先日の戦闘の様子を思い返して肩を竦めている。

「どこがしがないんだか」

窓の外の村娘がきゃっきゃと騒いでいる。アシェラッド様〜!と女性の甲高い呼び声に応えて、豪奢な細工の施された首飾りや大きな宝石の指輪を見せると、村娘たちは黄色い悲鳴を上げる。

「慎みのない女はいいね」

「ええ。それにみなさん着飾っていてとても綺麗です」

艶のある髪、手入れが行き届いている服の下では柔らかそうな肉体が躍っている。泥や血の匂いが染みついた自分とは正反対の女としてあるべき姿。それが彼女たちだ。

「ナマエ、お前も欲しいのか」

「いいえ、村の女性たちにあげてください。わたしには不要なものですから」

わたしにとっては、あなたのかけてくれた言葉が何よりの宝物だ。金銀財宝よりもずっと価値のある、ずっと誉れ高いもの。キリスト教でいうところの“神より賜る幸福”にあたるのだろうか。わたしはキリスト教徒ではないしアシェラッドは神ではないけど、恐らくこの感情はそれに近い。

「1人で祝い酒でも飲もうかな」

「ん?」

「いいえ。無事に冬を越せるようで安心しました」

「越せるだけじゃねえぞ。叔父貴の村のメシは美味い。羊の香草焼を食ってみろ」

誰にも知られなくても構わない。わたし一人が噛み締めていいものだ。アシェラッドの言葉は、幸せに他ならない。


20200725
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