鴨太郎のお誕生日祝いをする
※真選組夢主

「誕生日だというのに申し訳ないのだが」

伊東先生の執務室の前を通りかかった時に聞こえてきたやりとりに書類を落としそうになった。誰が誕生日だって?わたしはそっと襖に近づいた。

「気にしないでください。ちょうど警察庁に用事もあったので。それにしばらく顔を見せていないので伺う頃合いでしょう」

執務室には近藤さんと伊東先生がいるようだ。話の端々から内容を推測するに、伊東先生は本日誕生日で定時に帰る予定だったのが近藤さんと共に松平様の元へ行くことになった。

「しかし今日は残業不可だというのは」

「日々粉骨砕身で仕事しているんです。羽を伸ばしたってバチは当たりませんよ。本当は有給を取ってもらいたかったんですがね」

「近藤さん、お気持ちは有り難いが…」

歯切れの悪い伊東先生はそういったものに頓着する質ではないんだろうなあ…。とは言え知ってしまった以上は何かをしたい気持ちが湧き上がる。何を贈ればいいんだろう?いやそもそも伊東先生の好物って何?

前にお酒の席で近藤さんが「伊東先生も酒に強くなりましたね〜!がははは!」と言ってた気がするけどプライベートでも酒を嗜むものなの?仕事で伊東先生の傍らにいる時間は増えたけど、彼の嗜好についての情報はとんとない。本?食べ物?万年筆?ハンカチ?服?靴?候補を上げ出したらキリがない。

悶々と思考を巡らせていると執務室から出て来た近藤さんと鉢合わせしてしまった。

「ん?名前、ここで何を」

「え、えへ…。通りかかっただけですう…」

誤魔化せているか怪しいところだけど、近藤さんの問いかけを適当に流したあと踵を返して事務室へダッシュで戻った。襖を閉めてネットで男の人の誕生日に相応しい贈り物は何か、などなど片っ端から検索する。

途中で山崎さんや原田さんに仕事を頼まれそうになったが、明日以降持ってくるように指示をしてお引き取りいただいた。あまりの必死さから鬼の形相になっていたのか、二人してドン引きしていた。仕方なく“立入厳禁”の貼り紙をして部屋に人を寄せ付けないように手を施す。今日は何人なんぴと たりとも邪魔はさせない。伊東先生の誕生日と知ってしまったら仕事など二の次だ!頑張れ明日のわたし!



夕刻、伊東先生と近藤さんが警察庁から戻ってきた。

「今日は残業なしですよ、伊東先生」

「わかりました。今日は帰ります。さすがにこう何度も言われては断りにくい」

時刻は定時の30分前。伊東先生は直に屯所を後にする。今を逃したらこの半日は水泡に帰す。今日のうちに渡したい。談笑を終えて執務室に戻る彼に声をかけた。

「お疲れ様です、伊東先生…」

「苗字くん。すまない、局長命令で今日は残業を禁止されていてね。報告は明日にしてくれるかな」

お茶請けに出した茶菓子に手がつけられていないことがあった。よって、甘いものはナシ。候補から消えた。酒は付き合いで飲んでいるだけで、そもそも日本酒はお好みではないかも知れない。実はワインが好き、なんてこともあり得る。彼の酒事情に関わる情報がなさすぎるから判断のしようがない。なので酒も候補から消えた。

伊東先生はどんな本を好むか想像が難しい。いつだったか諸葛亮の書籍を持っていたけど、恐らく戦略や指揮に関する部分を参考にしただけで、諸葛亮自体を好いて読んだわけではないと思う。

服や靴を贈るには、わたしと伊東先生の関係は少しばかり親密性に欠ける。部下から突然服を贈りたいと申し出を受けてもきっと断られるのが関の山だ。

「はい、あの、報告は明日にするつもりでいるのですが」

「…?」

「今日、お誕生日だそうですね」

伊東先生は意外そうにわたしを見ている。そりゃそうだ。屯所内でこれを知っているのは近藤さんくらいだろうから。

「なぜそれを?」

「近藤さんから聞きました」

立ち聞きしていたとは言えない。ごめんなさい近藤さん…!この埋め合わせは仕事でしますので…!

「それでですね、」

自分の選択は大間違いを犯していないだろうか、と不安に駆られながら手に持っているものを差し出した。

「お、お口に合うといいのですが…」



こちらの様子を窺いながら部下が渡してきたのは、有名メーカーの茶葉セットだった。控えめの贈答用のラッピングがされている。本来なら受け取りはしない。だが、たまにはこういったものを嗜むのもいいだろう。

「有り難くいただくよ」

良かった、と囁くように独り言を零す苗字は噛み締めるように祝いの言葉を口にした。

「伊東先生、おめでとうございます」


20200724
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