高校生の原と成り行きでケーキを食べる
※軽音部夢主

昼休みに好きなバンドのスコアが載っているベースマガジンを読んでいると、隣の席に座っている原くんが前触れもなく言った。

「今日さ、俺の誕生日なんだよねー」

「……」

「ねえ苗字ちゃんってば」

周りで返事をする声が聞こえなくて、わたしに話しかけているとわかって顔を上げた。膨らませていたガムに穴が空いて萎れていく。突然話を振られてなにかと思ったけど、誕生日なら言うべきことがある。

「そうなんだ。おめでとう」

「え、それだけ?」

「だっていきなり言われたわけだし…。プレゼントとか、あげられるようなもの持ってない」

カバンの中にはフリスクくらいしかお菓子が入ってない。他には借りたCDとかイヤホンとかそういう細々したものばかり。だから「おめでとう」は今のわたしができる一番のお祝いではなかろうか。わたしの言い分を聞いても原くんは納得いかないようだ。

「一番のお祝いという割には棒読みじゃなかった?」

「わたしはいつもこんな感じだよ」

ベースマガジンの続き読んでもいいかな、と言うのは憚られた。なんていったって相手は本日誕生日のクラスメイト。無下にしたらちょっと可哀想だ。むう、と唇を尖らせて不満そうにしたのも僅かな間で原くんはすぐに話題を変えた。

「まぁいいや。苗字ちゃん、ちょっと付き合ってよこれ食べるの」

コンビニの袋から出てきたのはパックに入ったミルクレープ。プラスチックのフォークを差し出して原くんは蓋を開けた。高校生がケーキ一切れをシェアするのって、なんだか青春ぽい。でもなんでわたしとシェアするんだろう。

「チョコミントケーキがあれば良かったんだけどなくてさ。コンビニ4つハシゴして諦めた」

「遅刻した原因ってそれだったの?」

「さすがにそれはないっしょ」

電車の遅延が全ての元凶だと笑いながらも自分好みのケーキを全国のコンビニに置いてくれないかなと原くんはぼやく。

「甘いの嫌い?」

フォークを手にしたまま固まってるわたしを見て原くんは少しばかり首を傾げながらわたしに向き直る。いちいち所作があざといけど、嫌いじゃないからつい見てしまう。

「好きだけど…分けちゃっていいの?全部食べればいいのに」

「はあー冷たいなー。なにが悲しくて一人でケーキつつかなきゃいけないのさ。苗字ちゃんとことん塩対応だよね」

誕生日だから祝ってくれと強請ねだったりケーキをくれたり、かと思えば冷たいと詰ったりと忙しい人だな。差し出されたケーキと原くんを交互に見ていたけど、視線に後押しされてフォークを伸ばす。ま、確かにお祝いのケーキなら複数人で食べた方が楽しいよね。一人で量を食べるより、誰かと分け合って楽しく過ごした方がいい。

「じゃあ…いただきます」

「ドウゾー」

甘い。学校でケーキを食べる非現実的な行為だからなのか、コンビニのケーキも不思議と高級店のケーキのように感じられる気がする。

「苗字ちゃんはなにが好きなの」

「さっぱりしてるのがいい。レモンクリームチーズケーキとかが好きかな」

「ふーん。じゃあ今度はそういうの買ってくる」

原くんの言葉に「なぜ?」と疑問符が浮かぶけど甘さが勝って聞くのを後回しにする。あんまり食べないけど、意外とミルクレープって美味しいんだ。

「7月3日って覚えててよ」

「なにを?」

「俺の誕生日」

「今日誕生日って言ったじゃん、さっき」

ミルクレープの一欠片を頬張りながらカレンダーを見る。原くんが言った日付からはもう二週間経っている。

「んー。それはケーキ食べるための口実」

「山崎くんとか誘えばいいのに。付き合ってくれるでしょ」

「野郎と食べるのはちょっとなー。どうせなら好きな子と食べたい」

「そうなんだ」

原くんの好みの子ってどんな子なんだろう。クラスにいる女子をそれぞれ眺めれば、原くんの隣に立っても遜色ない子が何人かいる。うーん、誰だろう。

「ねーねー名前ちゃん」

馴れ馴れしく名前を呼ばれて違和感を覚える。いつも名字呼びなのに。

「俺は好きな子とケーキ食べたいわけよ」

前髪に隠れる目元。それでも視線はわかる。しっかりとわたしを捉えている。

「来年は言わなくても祝ってくれる?」

原くんの言わんとしてることに気がついて、咥えたままのフォークが落ちていった。

20200716
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