岐路
※三尉夢主


「お前は変に一歩引いてものを見ている節があるな。歳の割には諦めていることが多い」

今は亡き以前クランク二尉と仕事を共にした際そう言われた。聡い人だった。

「自分で自分にブレーキをかけている暇などないぞ」

シミュレーションの結果が芳しくない原因をあっさり突きつけられて愕然とした。適度な成績を残しておこう。適度な地位に身を置き、死なない程度に戦果を揚げ、程よい頃合いで退役する。というのは建前だ。首席たる成績を残したい。女だからと中途半端な地位に就くのではなく、命を賭して民草を護り、もう限界だと体がボロボロになるまでは退かない。あの人は骨の髄まで軍人だったと言われてみたい。しかし所詮それは絵に描いた餅だ。

「為せば成る、為さねば成らぬ。諦めるより先にやってみないと何も変わらぬぞ」

「助言いただきありがとうございます」

出来たら苦労などせぬ、と心のどこかでは考えた。しかしクランク二尉の優しく包み込むような、例えるなら父親のような厳しさがあった。しかしそれを強要せず自然と問題と向き合わせてくれる働きかけは無視出来なかった。お前ならばできる。そう言われているようだった。

「諦めていることが多い」

その通りです。絵に描いた餅もそこで手放すから餅のまま。作ってみればいい。やってみればいい。溜飲が下がり、肩の力が抜けた気がした。

「ナマエ。シミュレーション付き合えよ」

「おいおい、下位のやつ誘ってどうするんだよ」

「気晴らしだよ。コテンパンにのしてやる」

誰かに遠慮はしなくていい。構わずやってみればいい。やってみないと何も分からない。変わらないのだ。

「はい、よろしくお願いします」

座ると同時にコックピット内にシュミレーターの起動音が響く。いつもと分からない無機質な音が鮮明に、クリアに聞こえる。操縦桿を握る手すら、何もかも全てが軽い。意のままに機体を操り気持ちの赴くままシュミレーターに映し出されていた敵機をレーザー銃で撃ち抜いた。距離を詰め標準装備であるブレードで四肢を斬り落とした。間も無く戦闘終了の報せであるブザーが鳴り眼前の画面が暗転する。

「…テメェ、なんなんだ」

コックピットを出てシュミレーターの結果が表示されている画面見遣れば、そこには自分の名前の横に成績優秀者と並ぶであろうパラメーターが表示されていた。為せば成る。しようと思えば出来たのにどうせ無理だと諦めていたことに、ブレーキを踏まなかった。アクセルを踏み込んだだけだ。私に対戦を持ちかけて来た同期は、心底気に食わないし理解できないと苦虫を潰したような顔でこちらを睨んでいる。

「今までドベだったじゃねえかよ!」

「お、おい」

「どんなせこい手を使ってこんな結果叩き出しだ!?なんとか言えよ!」

「止めろって。騒ぎがバレるとヤバいって」

クランク二尉のかける言葉には心を満たすそれがあるように感じられる。例えるならば無償の愛とでも言うのだろうか。今までの私は得たことがないものだ。存在するだけでは得られなかった。他人に要求することを諦めて自分で賄うしかなかった薄っぺらいそれを、彼から与えられるその無償の愛の言葉が私の中で自己承認に足るものになる。彼の言葉が私の中にある。それが核になる。自信になる。クランク二尉の言葉が背中を押してくれる。

「気が向いたらまた付き合ってください」

いつでも相手になりますよ。力で捻じ伏せられた以上は何もできまい。舌打ちをしながら私をどついた同期はそのまま踵を返した。そして二度と私に挑んでは来なかった。鍛錬の数は嘘を吐かない。朝も昼も夜も暇さえあれば勉強した。高精度シュミレーターに噛り付いて同期に教えを乞い先輩の技を盗み、気がつけば同期でも三本の指に入るほどの腕前になっていた。

為せば成る。辛くても悔しくてもクランク二尉の言葉があったから受け止めて来られた。

「アイン、貴方も同じだった」

クランク二尉、クランク二尉と慕う姿はまるで親鳥のあとを付いて回る雛のようにすら見えた。同じとて、私の比ではない。彼にとって「自分が正しいと思う道を行くクランク・ゼント二尉」という男の存在はあまりにも大きく偉大すぎた。戻らぬ上官。アインの落胆ぶりを見れば火を見るよりも明らかだった。私も胸が張り裂けそうだった。一歩的ではあれど、父親と心の底で慕っていた人物が逝ってしまっては、枕を涙で濡らす日が続いた。それから間もなくして私に異動命令が下りた。

「アイン、元気で」

「ナマエも。息災で」

クランク二尉を悼む暇すらなく、新たに配属されることにった。火星圏内とはいえ、気安く会うには距離が些か遠すぎる。アインとはしばらくの間会えなくなってしまう。

「まるで今生の別れのような挨拶ですね」

「そんなつもりは」

「わかってますよ。アイン、また会いましょう。無理しないで」

それはアインにかけた言葉であったものの、自分に言い聞かせるものでもあった。無理しないで。無理はしない。背負いすぎない。そうでもしないと、溺れてしまう。悲しさに、虚しさに、切なさに、怒りに。

「ええ、また」

握った手が離れアインに背を向けて歩き出す。一瞬振り返りたい衝動に駆られた。でも、堪えて前だけを見て歩を進めた。後戻りしたら気持ちが揺らいでしまいそうだ。同じ境遇の友人と会えないこと、恩師を亡くしたこと。全てがのしかかってきそうだった。クランク二尉、申し訳ありません。私は薄情者です。救ってくれた貴方の死を背負いすぎないだなんて。

「アイン」

振り返らず一人ごちた。

「背負いすぎないで」

きっとアインは、彼は背負ってしまう。


同じ人を慕い失った後の2人の分かれ道
20180304
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