報復の行路
※20話
※三尉夢主


「なんとしてもあいつを元に戻せ!」

アインの臓器の大半は機能不全に陥り更に全身の壊死も始まっている、と医師は言う。愕然とした。ボードウィン特務三佐を、文字通り身を挺して庇い機体に半身が潰された故の結果だ。己を再び立ち上がらせてくれた尊敬出来る方を護り、今アインは生態維持装置によって生かされている。

「どの臓器が働いていないんですか。使えるものがあるなら言ってください。提供します」

「おい、ナマエ」

臓器をモノのように言うな、とでも仰りたいのかも知れない。ボードウィン特務三佐は私の肩を掴んだ。構うものか。私は彼を失いたくない。

「移植すれば、助かるのではないですか」

必要とあらば臓器だろうがなんだろうが差し出してやる。アインが、義に篤い彼が戻ってくるのであれば私の体なんて安いものだ。でも、ボードウィン特務三佐は医師が提示した選択肢を蹴り食ってかかった。延命を望むのであれば、機械的工学的な措置をする他ないというそれを。

「あいつを、上官の仇が討てる体に戻せ!」

戦士として戦場に戻れる体に。狂気染みたアインの復讐心が脳裏を過る。傍にいたアインが、遠く手の届かないところへ行ってしまう。予想してしまった、予測して出来てしまう喪失感。血の気が引いた。

「待ってください、ボードウィン特務三佐…!」

今度は私が彼を制する番だった。軍服に包まれた逞しい腕に縋って、そうではないでしょうと掠れた声で訴えたけれども特務三佐は医師の胸倉を掴んで迫っている。

「アインの、やつの誇りを」

クランク二尉の仇を討ちたい。誇りを守り戻したい。戻さねばならない。解る。胸が痛いほど、理解出来る。アインにとって、鉄華団のパイロットを討てない事実は不義そのものだ。そして己の誇りの喪失の継続を意味する。解っている。仇討ちよりも何よりも、ただ、アインの意識が戻れば私はそれでいい。

真面目で勤勉で、やや冗談の通じにくい頑固なところさえ愛おしいあのアインが戻って来れば。真っ直ぐなあの通る声で「ナマエ」と呼び笑ってくれれば、他に望むものなどない。けれども、現状を前にすれば仇なんて些事でしょうとは口が裂けても言えない。

「アインが、彼が生きてさえいればそれで」

私はそれでいい。ボードウィン特務三佐、お願いです。仇が討てる体に戻せなんて、殺すだけの道しか残されていないかのように、言わないでください。まだ、まだどうにか肉体的にも精神的にも彼を救う方法が、あるんじゃないでしょうか。

「生きるためには、誇りは必要です。でも今は」

私の言葉は、ボードウィン特務三佐の耳には届いていない。大きな体躯、見上げるばかりの背中に向かって声を張り上げたかった。それを、閊える胸が震える喉が許さなかった。

「このまま終わらせるわけにはいかないんだ」

生きてさえいればいいなんて、そんな生温い願望が在っていいものか。クランク二尉を殺した輩に懲罰を。あの方の温情を踏み躙った罪深き子供に報いを。俺の誇りを奪った彼奴等に死を。

「アイン…」

ボードウィン特務三佐が悲痛に唸るのと同じく、眠っているアインがそう叫んでいるようで。ひくつく喉からは、怯えて泣き出さんばかりに震える子供のような声しか出なかった。

「アイン、貴方は」

それを望んでいるというの。鉄槌を、裁きを下すことを。大人子供、男女など関係なくただ“誇り”を奪われたことへの復讐を。


20160410
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