壊れたならいっそ楽しもうぜ

『仕事前にちょっと腹ごしらえしよう』

マリヤさんからそんなメールが届いた。いきつけの手頃なカフェで待ち合わせしたけど、姿が見えない。広くない店内を見回していると、壁側の二人掛け席に座っている前下がりボブの女性が手を上げた。

「吉田、こっちだよ」

マリヤさんに最後に会ったのは四日前。その時は背中につくほどの長さだった髪がない。長い髪をバッサリ切り前下がりボブに。いつも着ていた膝下丈のワンピースではなく、ビックシルエットのグレーのカーディガンの下に黒地のTシャツ、ダメージジーンズにティンバーランドのベージュブーツを履いている。

「…ちょっと見ない間に随分とロックな感じになったなあ。グランジ系ですか?」

「どう?悪くないでしょ」

「思い切ったイメチェンだ。なんでまた?」

「気分転換というか、厄祓いというか」

トレイの上にはホットサンドとベイクドチーズケーキとホットカフェオレが置いてある。マリヤさんはよく食べる。切り分けられているホットサンドを頬張りながら、さらりと言った。

「お母さんが死んじゃってさ」

トマトソースが絡んでる鶏肉がひとかけら皿に転がった。

「危険な仕事はやめろってうるさかったっていう?」

「そ、うるさかったお母さん死んじゃったの」

残念そうな素振りをしてみせるけど、嘘っぱちだとすぐにわかる。隠す気がまるでない。寧ろ“居なくなって良かったぜイェーイ!”なんて叫んで飛び上がりそうな雰囲気だ。そういえばこの間駅前に“故 山縣初美 葬儀会場”なんていう看板が立ってたっけ。

「ていうか、マリヤさん殺したんでしょ?」

向かいに座るマリヤさんに単刀直入に聞く。

「邪魔だったからね。うっかり手が滑っちゃって」

耳だけになったホットサンドをポイと皿に放りながらにこりと笑った。

「うそうそ。工事現場の下を歩いてたんだけどね、タイミング悪く降ってきた機材に押し潰されて死んだよ」

へえ。事故だったのか。でもその事故、契約してる悪魔の力使ってマリヤさんが仕掛けたやつでしょ。普通なら遺族は“タイミング悪く”なんて言わないと思うけど。

「本当よ。いくら邪魔だからって実の母親を、ねえ?そんなひどいことする娘がこの世にいるかな」

俺の考えてることが伝わるのか、マリヤさんは舌を出して言った。わざとらしいなあ。

「喧嘩が多かった父親も堪えてるよ。喧嘩するほど仲がいいってのは本当だね」

マリヤさんは、銃の悪魔に親族を殺されてしまった。目の前で体が飛び散って臓物を頭から被ってからおかしくなったんだと、自分で話していた。歪な心の傷を癒そうと、ひん曲がった感性を鎮めるために見たスナッフフィルムが目に焼き付いて離れなかったそうだ。

「ま、事故ってから搬送された病院で遺体の確認した時が一番ショックだっただろうね」

ぐっちゃぐちゃに潰れて中身ほとんど出てたからね。マリヤさんはカフェオレを啜る。話の内容が聞こえてしまったようで、隣の席に座っていたカップルがトレイを持ってそそくさと席を立った。

「安穏とした仕事で食ってる人には内臓って刺激強いんだね」

「でしょうね」

「臓物って綺麗な色してるじゃん。仕事にしたいなーと思ったんだけどこの頭じゃ医者には到底なれないし、そもそも性格も破綻してるからね」

デザートのベイクドチーズケーキをフォークで突いてあり得ただろう未来を語るマリヤさん。白衣を来て患者を診る姿がどうも想像できない。できてもただのヤブ医者にしかならない。

「性格が破綻してる自覚はあるんだ」

「殴るよ吉田」

フォークを齧って威嚇するけど破綻云々はマリヤさん自らが言ったことだ。

「俺はデビルハンターのマリヤさんで正解だと思うけどね。医者ってガラじゃないし」

「我ながら天職に出会ったと思うよ。スリルを味わいながら合法的に臓物ぶちまける仕事って何かなと考えたらこれ以外ないでしょ」

人の命を預かるなんて立派な理念も持っていないし与えるより奪えって性根だしさぁ、とケーキを崩す。民間で働いてるかと思えばある日突然、公安に所属する人間になってたり。飽き性で気紛れ。マリヤさんは刹那的な生き方をする。民間にいる間は大抵こうして俺と会って話をしたり情報をやりとりして、気が向けば悪魔を退治したりしてる。

「デビルハンターが天職か。本当に破綻してるよマリヤさん」

「褒めてないだろうけどありがとうね」

ペロリと平らげて満足して席を立つ足取りは軽い。

「さぁて、仕事に行こうか」

復讐よりも、己のひん曲がってどうしようもないくらいに凝り固まった感性を慰めるために今日も悪魔を探す。


20200617
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