健全性的行為
講義が始まる前、友人に咎められた。

「マリヤ、高校生はヤバいって」

なんのことかと惚けると言い逃れはさせないとばかりに前のめりになって詰め寄ってきた。

「昨日、駅前で高校生と歩いてたの見たよ」

長身の黒髪でピアスを付けてた子。制服だったから間違いない。友人は矢継ぎ早に特徴を説明して再度「高校生に手を出すのはヤバいから」と念押しした。その特徴を持つ知り合いは一人しかいない。紛うことなく吉田だ。友人がここまで厳しく問いただすのは、その高校生とわたしがキスをしたのを見たからだと言う。

「人の往来があるところでなんつー破廉恥な。付き合うなら隠せよ」

「付き合ってないけど」

「嘘でしょ!?キスしてたじゃん」

「してない。目にゴミ入ったから取ってもらったの」

高校生と歩いてるだけで破廉恥か。いやらしいこと考えてるからそんな風に見えるんだよ。

「吉田はわたしの後輩だよ」

しらばっくれてると受け取ったらしく友人はわたしの肩を掴んで語気を強めた。素行が悪くなり年下との不純異性交遊に耽っているのではと気にかけているようだ。

「前と着てるもの全然違うし生活態度も悪くなってるし心配してるの。ねえ、マリヤ。お母さん死んで悲しいのは分かるけど変な気を起こさないで。おかしくなっちゃわないで」

なに言ってるんだ。わたしは昔っからおかしいよ、アンタと出会う十何年も前からね。「うん、そうだね」と適当に相槌を打って会話を終わらせた。



逆三角形の顔にギョロギョロした目玉、奇抜な黄緑色の体のからは伸縮自在のノコギリ状の刃がついてる鎌が生えている。

「うへえ…わたし苦手なんだよね、こいつ」

今日はカマキリの悪魔を見つけた。体高は公衆電話ボックスくらいで、細長い足が左右合わせて20本近くある。マリヤさんがドン引きしてるのも分かる。見た目はどちらかと言えば気持ち悪い部類だ。

「マリヤさん、俺がやろっか?」

「えーいいよ。嫌いだから容赦なく殺せるし。あとこれ弱いじゃん」

後始末も面倒だし汚れるから蛸ちゃん嫌がるんじゃないの。徐に悪魔に向かって平然と歩きながら何かに命令する。

「モルタル、飲め」

悪魔の足元が液状になって、地面に沈んだ。身動き取れなくなって慌てふためいて鎌を振り回して周りの電柱や木を切り刻んでいく。切れた電線から電気が迸った。

「ブロック」

周りの物が細切れになっていくのを気にも止めないでマリヤさんは翻した手を空中で握り込んだ。

「潰せ」

地面から迫り上がってきたコンクリートの壁と、空中に突如現れたブロックの塊が降ってきて悪魔の頭を押し潰した。次いで足や背中、胴体にも同じように容赦なくブロックを叩きつけると悪魔の体液と内臓が道路に散乱していく。近隣住民や通りかがっていた人から悲鳴と驚きの声が聞こえてくるのと同じくして、動かなくなった悪魔を見て野次馬で人だかりができ始めている。

「ねえ吉田」

悪魔の内臓がこんもりと降り注いだ公衆電話からビチャッと地面に腸の一部がこぼれ落ちていく。

「ウチ来なよ。ご飯作ってあげる」

大抵こうだ。彼女は仕事の後にほぼ毎回「家に来ないか」と誘う。実際ご飯をご馳走になることもあるけど、それよりもやることがある。

「じゃお言葉に甘えて」



「マリヤさんってもうスカートとかワンピース着ないの?」

適当に肉じゃがでも作ろうかとキッチンで材料をかき集めていたらそんなことを聞かれた。吉田はテーブルに肘をついてわたしを眺めている。

「どうだろう」

いつか着るだろうからタンスにしまってはあるけど、そのいつかがいつなのかは分からない。今はこのスタイルの方がしっくり来るし動きやすい。可愛いけど機動性が低いのが欠点だよね、スカートの類ってさ。

「気が向いたら着る。着て欲しいなら言ってよ。一回千円でいいよ」

「お金取るの?」

「嘘だよ」

さすがに高校生からお金を巻き上げるのは大人げないわ。リクエストさえしてくれれば着るから気軽に言ってくれよ。さてそろそろ肉じゃが作りに取りかかろうかな。

「マリヤさん」

振り返ると、わたしのすぐ後ろに吉田が立っていた。いつものように静かに笑って意味ありげにわたしを見下ろしている。

「お腹空いた?棚にあるみかん食べてていいよ」

「大丈夫」

そうじゃないんだ、と吉田はもう一歩距離を縮めた。

「誘ったってことは、そういうことでしょ」

体温が近い。吉田の匂いがする。嗅ぐと落ち着いた気持ちになれる、いい匂い。背中に壁、前に吉田。逃げ道がない。もとより逃げる気はないんだけど。

「うん、そういうこと」

向き直って服の上から胸をなぞると吉田の体の感触が伝わってくる。傍にいるだけなのと、触れるのとでは相手に対する理解度が全く違う。少し背伸びをして吉田の首元に顔を寄せる。ピアスがたくさんついてる左耳を指先でなぞって下顎を撫でた。吉田は身動ぎもしないで相変わらずわたしを腕の中に閉じ込めている。

「お父さんに知られたら大変だ」

父親は仕事の出張で家にいない。知ってて背徳感を誘うようなことを囁きながら吉田はわたしの鎖骨に触れる。指の腹で骨の形を確かめて胸の谷間に滑らせていく。それだけなのに、少しだけ気持ちがいい。長い前髪の向こうにある深く黒い瞳がわたしを見下ろしている。口元のホクロが色っぽい。

「見つかったら学校辞めないといけないかもね」

足の間に膝を滑り込ませて来て、下腹部にも吉田の体温を感じる。吉田の指先は胸の谷間から臍の辺りまで辿りついてから、ジーンズのフロントボタンを引っかいて脇腹へ向かう。体温に匂いに体をなぞる指先。少しずつ蕩けていく。高校生の指遣いじゃないなあ、なんて頭の片隅で考えながらされるがままになっている。わたしは吉田の匂いに陶酔して寄りかかって服を握り締めて、戯言に返事をした。

「ねえマリヤさん。仕事の度にこんなことさせて何か思わない?」

指が背中から首筋に向かう。堪えきれなくて肩を震わせて更に寄りかかる。吉田の足に陰部を圧迫されて腰が震えた。ぞくぞくと足の付け根から何か気持ちいいものが這い上がってくる。

「高校生だよ?俺」

またそんなこと言って不安を煽る。吉田の表情を見るまでもない。心にもないことを言ってるだけだから。家に呼んだのはわたしだけど、吉田からけしかけたことじゃない。

「…何のこと?」

これは至ってプラトニックな関係だと喘ぎながら主張する。年頃の男女が一つ屋根の下で仲良くしているだけだ。首筋に顔を埋めたり体を指で愛撫したり繊細な部分に足を擦り付けたりしてるだけ。そう言うと、吉田が少し笑った。いい反応をするところばかりを指が這う。何が高校生だ。どこでこんなこと覚えてくるんだ君は。

「マリヤ」

異様に淫猥な雰囲気で名前を呼ばれて下腹部がきゅんと疼いた。耳をくすぐる吉田の声。少し高くなった体温に甘ったるく感じる匂い。徐々に昂ったそれは許容量を越えて溢れ出した。視界が弾けて体が痙攣して、膝も震えてる。息もろくにできなくて涙がひとりでに溢れて頬を流れていく。

「ほらちゃんと立ってて」

プラトニックなんだもん、そんなに腰を抜かすわけがない。吉田はそう言ってわたしを壁に押し付けて、服の上から臍の辺りをまさぐった。


20200719
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