復讐劇の幕開け
※魔法少女夢主
※レ●プを思わせる表現有り


痛い。冷たい。感覚は総じて麻痺しているようでもあったが、どうしてもこの二つだけは拭えなかった。人気の無い路地に一人ぽつねんと横たわる名前は顔に降り注ぐ雨をただ見ていた。黒く淀んだ空をじっと睨んで、―畜生、ぶち殺してやる―と掠れた声で唸る。ただそれだけのことで口の中が鋭く痛んだ。

口の端は切れて血が滲んで、沁みる。体中が痛い。中心辺りがじくじくと火傷した時のように熱を孕んでいる。この体に痛みを植えつけた男たちの顔はしっかりと覚えている。

「ちく、しょう……」

視界が揺らいだ。ほんの一瞬体から痛覚が消えうせる。名前は“死”を間近に感じた。しかし、憎いという感情だけはどす黒く心の中に渦を巻き名前の意識を覚醒させる。どうにかして、私は生きないと、生きて、仕返しをしなければ。あいつらに、仕返しを。

「君の願いはなんだい?」

「ね がい…?」

目の前に現れた白いそれ。赤くクリクリしたまん丸い目はぬいぐるみのようだった。その目に見つめられて名前は思わず言葉を反芻した。そして暫しぽかんとした。これは何なんだ?死神ってこういう姿なのだろうか?と逡巡していると、白いそれはまた問うた。

「君の願いはなんだい?」

「しかえしを、奴らに 仕返し を、」

「それが君の願いなんだね?」

確認をとるそれに、名前はゆっくりと頷いた。体のあちこちは酷く痛んだが、目の前の白い生物に目を奪われて些末なことに感じられる。

「叶えるためには代価を払って貰うことになるよ」

「どう…れば、良い」

じっと、無感情な円らな瞳が名前を覗き込む。そしてその場に不似合いなほど明るい声で言った。

「契約してくれればそれで良いんだ」

「けい、やく」

「そう。僕と契約して、魔法少女になってよ!」

白い何か―誰かと形容するには些か矮小だった―にそう問われて有無を言わずに答えた。

「なる…。だから 私の ねがいを …叶えて」

体が宙に浮いた、と感じたのは何かの錯覚だったのか。気がつけば名前は冷たい路地に座り込んでいた。受けた傷や体の痛みはどこかに消えうせて、ただ冷たい雨に服を濡らしてしただけだった。

「契約は成立だ!君の祈りは間違いなく遂げられるよ」

一際嬉しそうな明るい声で白いそれは言った。名前の膝元にちょこんと座って彼女をじっと見上げて首をくい、と傾げる。その仕草は子犬さながらの愛らしさを醸す。その様子に気を取られていた名前の掌の中にはいつの間にかエメラルドグリーンの石が転がっていた。

「奇跡と引き換えに出来上がるのが、それだよ。ソウルジェムって言うんだ」

「ソウルジェム…」

「魔女と戦うという使命を担って貰うよ、名前」

「何でもやるさ。そうとも魔女とだって、頼まれれば悪魔とでも戦う」

この白い生物がなんなのか、なんてどうでも良いことだった。一回は死に掛けた自分を助けてくれたのだから。降りしきる雨の中、ようやく立ち上がった名前の肩にするりと登って来たそれは軽かった。ふわりとしているその物体を見遣って名前は呟く。

「お前、名前は?」

「僕の名前はキュゥべえ!」

古めかしい名前だな、と一人ごちて暗い路地を歩く。どういう経緯か、その理由も気にはならなかった。ただ“仕返し”のためだけにその力を手にした少女は水溜りを踏みつける。泥まみれの飛沫が上がって、音を立てて散った。


復讐劇の幕開け
(奴らに掛け値なしの絶望と苦痛を)

過去夢(2012頃)
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