血と雨と、その後
※春雨第七師団所属っぽい夢主
「あれぇ、名前。腕怪我したの?抜かったね」
「抜かった、というかついさっきまで気がつかなかっただけです」
二の腕に巻かれた布を見て神威は笑った。重なり合う屍の山に腰掛け満足げに回りを眺めている。死屍累々、血と泥の混じった湿った空気が一層濃く感じる。周りに転がるのは頭のない死体ばかりだ。また逆も然りだが。
「もう片付いたし、そろそろ帰りましょう。直に陽も出るって阿伏兎が」
「うーん、殺し合いの後の匂いって良いよね」
「…団長、人の話聞いてますか?」
頭の天辺から足の先まで血塗れの神威はにっこり微笑む。かすり傷も負わずにいるだろうから、この血は全て地面に転がる者たちのものだ。神威は徐に屍の玉座から下りそれらを踏みつけながら名前の方へ歩みを進める。
「この匂いは不快にしか感じませんけど。血生臭いのは嫌いです」
乾いた血潮、泥と混じる臓物、慟哭したまま息絶えている人の顔、それらの上を平然と歩く自分、全てが不快極まりない。しつこく降り続ける雨のように名前を苛むものだ。そんな名前とは対照的に神威はなんとも飄々とした態度の佇まいである。
「俺の言う、殺し合いの後の匂いっていうのはさ」
ゆっくりと開かれた瞳は青く、赤に染まり血の匂いを漂わせるこの場には不釣合いだった。何人もの命を奪ったこの男の瞳は、綺麗過ぎる。
「名前の匂いだよ」
いや、匂いというより雰囲気というか身に纏う空気ってやつかな、と神威は付け足した。青い瞳はじっと名前を見据えていたが、血塗れの指先で眉間の皺をなぞり始める。
「戦いの前の名前の匂いはなんにもしないんだよ。でもね、戦いから帰って来ると血の匂いに混じって甘い匂いがするんだよね。とは言っても甘味みたいにただ甘ったるいんじゃなくて、高貴な花が咲いた時みたいなね」
眉間、鼻、口元、首筋を指で撫でながら神威は続ける。
「君の甘い匂いを嗅ぐと俺は頭がクラクラするんだ。血の匂いと混じってこの上なく興奮するのさ。それに気がつかないで君はのうのうとその匂いを振りまいて」
神威は名前の首をそっと掴んで耳元で囁く。耳朶に響く神威の声はどこか冷静さを欠き荒立っているように感じる。
「死線を越える度に強くなる匂いに惹かれるよ。正直、君を殺しながら犯したらもっと良い匂いがするんじゃないかと俺は考えてるんだけど」
ぐ、と首に添えられた手に力が入る。名前の漆黒の瞳と神威の青い瞳がしかと互いを捉えあう。ほんの数秒、辺りが静かになる。時間の流れ方が変わってしまったかのような違和感は直ぐに消えた。
「正気じゃない、と思うかい?」
「もともと春雨に正気な奴はいないと思います。例に漏れず貴方も私も」
「最もだね」
殺しながら犯すなんて物騒なことを言った神威だったが、頼りになる仲間を殺すなんてことはしない。名前もそれは承知している。首から手を離して神威は歩き出す。
「さあ帰ろうか、名前。血、洗い流したいだろう?」
手当てもしないと、と神威は一人ごちる。神威に手当てされようものなら傷口をいじられながら体を弄ばれるな、と名前は溜息を吐く。出来るなら阿伏兎にお願いしたいところだ。
と、視界の隅にもぞりと動く人影を名前は捉えた。振り返ると袈裟切りの傷を負う侍が刀を振り上げて名前に突進してくる。必死の形相で殺しにかかってきているのだ。右目が潰れ、左目だけで物を捉えている侍に何が出来るのか。名前は無感情に抜刀して侍の横っ腹を薙ぎ払った。びちゃ、と肌に大量の血が降り注ぎ着物を真っ赤に染め上げた。地面に無残な姿で横たわる侍を横目に刀の血を払い、裾で拭い納める。
「お見事」
赤く染まる名前を見た神威は小さく賛辞を贈った。