血と雨と
※春雨第七師団所属っぽい夢主
鋭い刃が皮膚を切り裂くと、鉄の匂いが立ち上った。匂いに慣れてきたとはいえ、目の前で噴出されたら嫌でも鼻につくか、と名前は他人事のように考えている。喉笛を掻き切る感触も刃越しに感じる皮膚の柔らかさも、今ではなんとも感じない。ふと足元に目をやると、地面に転がるソレは事切れてた。雨で濡れた髪を耳にかけ鞘に収める。そして傍らに立つ阿伏兎に「人間って呆気ないね」と伝えようと声をかけた。
「あぶちゃん、あぶちゃん」
「おい名前、その変な仇名で呼ぶの止めろって言ってるだろ」
「ああ、そうだったね」
やっぱいいや面倒くさい。伝えようとした言葉は飲み込まれた。浴びた返り血は土砂降りだった雨のお陰か既に流れてしまった。服についた血が滲んでいるのが気に食わないが、混戦の中で自分が無傷だったことには変えられない。
「雨って嫌いじゃないなあ」
「あん?」
「嫌なこととか全部流してくれそうだし」
「梅雨入りして嫌だって言ってたのはどこのどいつだ?」
「まあ、私だけど…」
戦いの最中での雨は好きだ。浴びるソレが血なのか雨なのか、わからないまま戦っていられるから。ぬかるんだ地面を踏みつけた時、例え血の匂いがしても泥の中を走っているのだと思えるから。敵を薙ぎ倒すに不要な感覚を全て麻痺させてくれる。だから好きなのだ。
「名前、腕」
「腕?」
「気がついてねぇのか?血、出てるぞ」
「え?」
二の腕から、血が流れ出している。いつ切られたのか覚えがなかった。肌を伝う血は降り注ぐ雨と共に地面に落ちていく。
「ぼけっとしてねえで止血くらいしろ」
「いででで」
阿伏兎は破いた布を傷口に当てて、ぎゅう、と縛り上げた。その痛みでようやく傷の存在を認識出来た。傷口が脈打って、じくじくと痛みが右腕全体を包み込む。
「団長拾って、さっさと帰るぞ」
そろそろ陽が出てくる、と阿伏兎は天を仰いだ。雲の切れ間から陽の光が差し込んできている。傘を差して颯爽と歩いていく阿伏兎の後を、名前は屍の山を踏みつけながら追った。