恋慕
※捏造
※社会人夢主


残業が終わって混み合う駅構内で携帯を弄りながら電車を待つ。学生時代の友人からメールが数件。仕事の愚痴を零す内容ものもあれば、気楽に飲みに行こうと誘ってくるものもある。お酒は強い方じゃないから丁寧に優しくお断りのメールを入れて、辛いと仕事への不満を送ってくる子には都合が会う日にあって話を聞くよと文字を綴る。送信ボタンを押してひと段落ついた時、不意に名前を呼ばれた。

「名前さん」

声のする方を振り向くと、すらっと背の高い青年が立っていて。その整った顔に残る面影に見覚えのあるような気がして、記憶を必死に辿った。私よりずっと小柄な背丈の少年。小さくて細い腕の中にバレーボールを渡した―。そこまで遡ってハッと我に返った。

「あっ、徹くん?」

近所に住んでいるというのにめっきり顔を合わせる機会がなかったせいか、徹くんがとても大きくなっていたことに凄く驚いた。何年くらい会ってしなかったんだろう。

「お久しぶりです」

「背が伸びたね」

「名前さんはなんか凄く大人っぽくなりましたね」

「年下の子に言われたくないなあ」

歯の浮くようなくすぐったいことを言うのは相変わらずで、徹くんは変わってないなあと思う。

「部活の帰り?こんな遅くまで」

「岩ちゃんが付き合えって言うんで」

「徹くんがお願いしたんじゃないの?」

変わったと言えば、見た目が驚くほどに変化していた。身長がぐんと伸びて五センチのヒールを履いて、いつもより視界が高いはずなのにそれでも私の首は斜め上を見上げている。

「今、身長どれくらいなの?」

「184ですよ」

「184…」

20センチある身長差に閉口した。成長期の男の子って凄いなあ。成長痛とか、やっぱりあったのかな。背丈のある爽やかな青年に成長した徹くんに見蕩れていたら、電車がホームに来たことにすら気がつかなかった。



彼女に憧れてバレーボールを始めたようなものだった。綺麗な指先がボールを捉える。そして迷いなく宙に浮く球体はまるで無重力空間に存在しているかのよう。物静かで一本芯が通ったようなブレのないプレイをする人だった。でも膝の故障で戦線離脱を余儀なくされてしまって、時が止まってボールだけが異空間に行ってしまっているような、不思議で美しいトスを見ることは出来なくなってしまった。

「ねえ名前さん?」

見上げてばかりいた顔が横に並んで、気がついたら彼女を上から見下ろすようになっていた。身長だけじゃなくて、体格も俺の方が大きくなっていた。体が密着するまでもない電車の中、至近距離に立っている名前の項を見下ろす。香水でもつけてるんだろうか。凄くいい香りがする。

「ん?」

「いつもこの時間に帰って来るの?」

「ううん、たまにだよ。残業があるとね」

「大変ですね」

「そうでもないよ。しょっちゅうあるわけじゃないし」

「ふうん」

社会人ってみんな同じようなスーツ着てるから一見、見分けつかないけど後姿で名前さんだって何年も会ってないのにすぐわかった。俺がさっきどんな気持ちで声をかけたか、毎日こうして会えたらどんなに嬉しいか。名前さん、気がついてないよね。

「社会人って大変だなあ」

「何、その棒読みな感じ」

訝しげにしながらもにこにこと笑顔を絶やさない名前さん。願わくば、残業が続いてくれればいいのに、なんて思ってしまう自分がいた。


20130526
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