初夏、ターコイズブルーの下
※飛び込み競技やってる2年生 神とは腐れ縁


ざぶん、と涼しげな音を耳にしながら買ったばかりで冷たいパックにストローを差す。文字通りのスパルタ練習について来れず根を上げたのか、先週もまた一年が一人減っていた。

「あ〜涼しい」

淡い青に真っ白な雲の下、風通りの良い昇降口で座って控えめな蝉の鳴き声を聞きながらそれを見上げる。プールの横にそびえ立つコンクリートの飛び込み台。水泳部と一括りにされてはいるものの、内情といえば競泳と飛び込みとで分かれているらしい。10メートルと白で印字された飛び込み台の天辺、見慣れた横顔が見える。肩につく髪は濡れて束になって、普段は前髪で隠れている額が陽に照らされている。背中でY字に分かれている水着の紐、二の腕から背中のラインが綺麗な流線型を描く。そんな光景を、空になったパックをくわえたまま注視していた。

「信長」

「ひぇっ」

そのせいで声をかけられるまで神さんがそばにいることすら気がつかなくて、間抜けな返事をする。それを余所に俺が見ていただろう方向に視線を向けた。

「あ、名前だ」

彼女はまだ飛び込んではいなかった。彼女は制止すること数秒、台を蹴って空中に身を投げた。瞬きをしたら見逃してしまうほどの速さで、空中で体を捻って回転させて、そしてそのまま水中へ飲み込まれた。足の先までピンと伸びていて、寸分遅れて着水の音。動きを目で追ってはいたけど数秒の間の出来事に神さんも俺も、ただただ感嘆の言葉をもらす。

「よくまあ、あんな高いところから飛び込めるもんだよね」

「毎度のことながら本当にすごいっす」

プールサイドでコーチに指導を受け、再度高台の階段を上ろうと階段に足をかけた。その際、神さんに気がついて「ごめん、もうちょい待ってて」、とジェスチャーを送る。俺は視界に入ってた、と思いたい。

もう一回、名前さんは空中を舞った。



半乾きの髪を片側に流したままの格好で名前さんが駆けてくる。

「待たせてごめんね」

「お疲れ」

「お疲れさまっす」

膝にテーピング、腕に痣。中途半端な丈の紺ソックスと剥き出し膝小僧に見とれていると、視界のど真ん中にそれを阻むものがにゅっと飛び出て来た。

「はい、待たせたお詫びに」

「!」

「ラッキー」

ついさっきまで飲んでいたものと同型の紙パックジュースだった。瑞々しい果物と太陽のイラストがプリントされていて如何にも南国、といったパッケージのそれ。貰っていいものかと逡巡する。

「清田くん、これ嫌いだった?」

差し出されたものと、予想外の言葉に硬直していると、ちょっと申し訳なさそうに俺の顔をのぞき込む。その距離に狼狽える。

「あ、いや、好きっす」

ありがとうございます、と素直に受け取って後悔する。せっかくの会話の好機をスルーした。まだいけるか。くそ、こんな弱気でどうする。

「苗字さん、怖くないんですか?」

結局名字でしか呼べたことはない。こっちを振り返る名前さんは何について聞かれたのか即座に判断出来なかったらしく数秒黙り込んで素っ頓狂な返事をしてきた。

「え、あ、うん?」

「10メートル」

「んー、あんまり」

神さんの助け船に対して「深く考えたことないや」、と付け加えて自身もジュースを啜った。ストローに口をつけるその仕草が妙な風に見えるのは俺がそういう目で見てるからで、別になんともない動き。なのに、つい視線で追ってしまう。

「それにヘマしなければ、大して痛くないしね」

「見た目は痛々しいけどね」

「そう見えるのは夏だけだから」

テーピング、打ち身、青あざは日常茶飯事、薄着になるとよく目立つらしい。瞼も少し切れて赤く血が滲む。紺ソックスの丈をしっかり直して立ち上がった。俺と名前さん、20センチくらいは身長差がある。

ああ、可愛いな。見下ろすと、湿り気のある黒髪から覗く耳に、白いYシャツの襟の隙間の肌色、健康的な肩。それらに触りたいと思ってしまうのは健全な高校生男児の欲求だ。蝉のうるさくなる前の淡く控えめなそれは、ふつりふつりと沸き立ち地面を焼く太陽の日差しのように日に日に増していく。


20150510
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