レゾンデートル
※CB夢主


リヒテンダール・ツエーリはどこまでもお調子者で暢気な奴だと思っていた。

「っぅ…」

酒に酔い、泣き崩れるその姿を見るまでは。



スメラギ・李・ノリエガの妙な計らいで無礼講の酒盛り大会が行われた。いや、妙な計らいというにはあまりにも杜撰だ。ただ単に戦術予報士の気紛れで大っぴらに「酒を飲むわよー!」という大号令のもと集まったのは成人しているマイスターとクルーである。

マイスターに関して言えば、人付き合いを意図的に避けていると思しき刹那とティエリアは年齢を問わなくとも顔を出さなかっただろう。必然的に弾かれたフェルトは部屋にいるのだろうか、と最年少が暇を持て余しているだろう場面を想像する。そんな気を他所にナマエに絡んできたのは妖艶なボディの戦術予報士である。

「ナマエ〜、楽しんでるかしら?」

「まあ…それなりには」

「なあにい?あんまりノッてる訳じゃないみたいね」

「酒が好みってわけじゃないし」

口にするアルコールの苦さに眉を顰めながらナマエは素っ気無く答えた。好き好んで嗜んでいる貴方の気が知れない、とは口にしないでおこう。

「お酒って良いわよ、嫌なことも忘れられるしね…」

「はぁ、そう…」

「あと、女の魅力を最大限引き出してくれるんだもの…うふふ」

「ロックオン、ミススメラギの相手を宜しく頼む。私では手に負えない」

「はっ!?いきなりなんだよ!」

「なによ、私の相手は不満なのっ?」

完全に出来上がっているミス・スメラギをマイスター最年長のロックオンに押し付けてナマエはまだ酒に酔わずにまともにコミュニケーションが取れる人物がいないかと探す。クリスティナは頬を赤く染めながらアレルヤと話し込んでいるし、イアンとラッセは小難しい顔をしてあーだこーだと熱論を繰り広げている。機体整備の話でもしているのだろう。この場にいないモレノさんは、まあ大方医務室に篭っていると踏んで良い。と、一人足りないことにここで気がついた。リヒティがいない。

「変だな」

いつの間にいなくなったのだろうか。この状況下、恐らくリヒティが良い話し相手になる。しかし話し相手が不在であることよりもこの空間にプトレマイオスクルー一名が欠落していることの事態に何か不穏な予感を察知した。だが、飽く迄ただの予感であり確信などない。手持ち無沙汰であることを理由にリヒティ探しに行こうとドアを開けると、クリスティナに見咎められる。

「ナマエ、どこ行くの?」

「ちょっと野暮用」

「こらー!お酒を差し置いて野暮用って何よー!」

戦術予報士のきんきん声を背に部屋を出たナマエは、さてどこへ足を運ぼうかと思考を巡らせる。用を足しに行ったとは考え難い。酒が入って良い気分になったのなら部屋の中にいる誰かに突っかかっていくだろう―例えばクリスティナとか―から、出て行かないといけないような何かがあったと考えるべきだ。

当てもないままにプトレマイオス内を徘徊していたのだが、足が向いたのは格納庫だった。整備も終わっていて整備士の誰かがいるわけでもないその空間は冷たくひんやりとしていて、物音一つしない。何故こんなところに足を運んだのか、と何気なく格納庫へ踏み入り各機ガンダムを見上げる。エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。戦場を荒々しく駆ける機体は眠りに就いているかのように静閑だ。確かラッセはエクシアのパイロットとして有力視されていたと聞いた覚えがある。仮に刹那ではなくラッセがエクシアに乗っていたならどうなっていたのだろうか、と考えつつふと振り返った先、デッキに背を預けて体育座りをしている人影を目視出来た。

間違いなくリヒティである。地面を蹴ってそっと彼に近づくと気配に気が付いたのかリヒティが顔を上げる。酒が回っているようでどこか所在なさげな表情をしている。

「こんなところで何やってんだ」

「ああ、ナマエっすか…」

「クリスじゃなくて悪かったな」

「ははは…」

口では笑ってはいるものの、目が少々虚ろでぼんやりと空中を見つめている。リヒティの目元が赤くなっていることに、薄暗い格納庫の中でも目聡く視認したナマエは彼の傍らに腰を下ろした。

「クリス良いよね」

「何すかいきなり…」

「プログラミングの腕と良い、気さくな性格にあの顔。私が男だったら彼女にしたい」

「……仮にナマエが男だったらライバルってわけっすね」

「うん、そういうことかな」

リヒティがクリスティナに思いを寄せていることを知っているナマエはこっそり根回ししてプトレマイオス内において二人が一緒にいる時間を多く作ったりしているのだが、肝心のクリスティナが振り向いてくれない。彼女がリヒティの良いところに目を遣らないのがとてももどかしい。

「クリスも鈍いよなあ」

「もう、いいっすよ。俺なんか見向きもされないに決まってら」

「なんだよ、いつになく消極的だな」

いつもみたいにへらへらしてるお調子者のリヒテンダール・ツエーリはどこへ行った、と軽口を叩いたあと、“しまった”と感じた。彼の発する雰囲気が酷く落ち込んでいるのである。ぼんやりとデッキの床を見つめてぽつりと呟く。

「スメラギさんみたいに、酒飲んで嫌なこと忘れられたら良いんだけど、そういうわけにもいかなくて」

俺は嫌なこと思い出しちゃう性質で、と自嘲気味に言う。そして自分の腕をぎゅっときつく握り締めながら、リヒティは冷め切った声で呟いた。

「俺、太陽光発電紛争に巻き込まれて体の半分が機械なんすよ…自分が生きてるのか死んでるのか、ときたまわからなくなる…」

血の通わない肉体がある一方で、心臓は動き続ける。この鼓動は、この血潮は、この手は、この腕は、そしてこの身は、生きているものと考えて良いのか。機械がなければ生きていけないこの体はもう人間ではない。俺はもう人間ではないのではないか。リヒテンダール・ツエーリという人間は太陽光発電紛争の時に既に死していて、今こうして動いている肉体は動きうる内臓を入れるだけの、ただの容れ物なのではないか。

生身と機械の境界線が曖昧になるように、自分が人間なのかそれ以外の存在なのか、最早区別がつかなくなっているのだという。

「リヒティ…」

「笑っちまいますよ…、人でもない奴が一丁前に戦争根絶とか謳って、はは」

自虐の極みだった。ナマエは彼の佇まいに言葉は愚か息をするのすら憚られているような気持ちになって、唇をぎゅっと引き結ぶだけだ。ちゃらけた性格はこの凄絶な過去を隠し振る舞うための仮面。感情を吐露したリヒティは、ひょうひょうとした普段の顔つきからは想像も出来ないほどに顔を歪め大粒の涙を流した。頬を伝ってデッキの床にぱたりと幾粒も涙の跡を残す。

「っぅ……っ」

しゃくり上げながら、俺が人間じゃないならこの涙は何なんだろう、とリヒティは咽び泣いた。


2012年頃に書いたものかも知れないです。
20150922
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