ウェルカムホーム

タービンズ擁するハンマーヘッドの機関部。シミュレーション専用のモビルスーツが二体向き合うように並んでいるのを眺めていると不意にラフタさんの声が聞こえた。

「シミュレーターには阿頼耶識はついてないんだからね!たあっぷり可愛がってやるんだから!」

昭弘と行っていた仮想戦闘が終わったらしい。コックピットから体を乗り出すグラマラスな肢体に目が釘付けになる。あー、女体って女から見ても魅力的に映るんだなぁ。なんて妙に第三者的に考えていると隣に立つアジーさんに話しかけられた。彼女もスラッとした体の持ち主だ。いいなあ。寸胴な自分の体を思うと歯噛みしたくなる。

「あんたは乗るわけでもないのに毎日こっちに来て熱心に見てるね」

「勉強になるかと思って。見てても分かることはあるし」

他の艇の整備のやり方はきっとイサリビでも活かせるし効率よく作業が出来る可能性もあるし、と続けるとアジーさんは感心したような声をあげた。

「へえ、勤勉だね」

「乗ったことないなら教えてあげよっか」

ラフタさんの「何事も勉強ってその前向きな姿勢、気に入った!」と溌剌とした笑顔につられて思わず笑う。そう言われると嬉しい。昭弘の特訓はもう終わったのかな。

「いいんですか?」

「もちろん。昭弘みたいにたっぷり可愛がってあげる」

ちょっと意地悪そうだけど楽しげに言うラフタさんに頭を撫でられる。懐かしくてくすぐったい感覚。言うが早いか、手を引かれてコックピットに入る。調整のために入ることはあったけど、こうやって座って仮想敵と相対するだけでこの緊張感。初めてなんだから当たり前だけど。きっとみんなもこう、いやもっと重い覚悟をしているんだ。想像すると身が引き締まる。

訓練用のシステムを立ち上げてくれて簡単なチュートリアル映像が流れる。ただシミュレーターの指示する通りに機体を動かせばいいメニューだから深く考えずに操縦桿を握ったけど、結果は散々だった。機体が思った通りに動かない。システムによって算出されたらしい私のレベルにあったシミレーションメニューをこなすのが精一杯だった。いや、まあ、レベルといってもたかが知れてるんだけど。

「疲れた……」

「初めてにしては筋がいいんじゃないか」

「素質があるね〜、ナマエ」

「ほ、本当ですか」

二人に褒められていくらか疲れは飛んでいったけど、それでも訓練用システムについていこうと必死に動かして消耗した体力は回復しない。頑張ったね、今日はゆっくり休んだ方がいいよ、とまた頭を撫でくり回された。おかしいな。私とラフタさんはそんなに年齢が離れているわけじゃないのに、物凄く子ども扱いされている気がする。

慣れないことをすると疲れるし絶対眠くなる。こちらでそんなお世話になるのは申し訳ないしちょっと恥ずかしいから、素直にイサリビに戻ることにした。また明日ね、なんて挨拶をされてまた訓練に付き合ってくれることを確約されたらモチベーションはただただ上がる。明日はどんなメニューが組まれるのかな。あちらに顔を出す前にこっちで整備をある程度済ませてから行こう、と大体のスケジュールを頭の中で組み立てながら住み慣れた家に戻ると、シノと鉢合わせた。

「ナマエはまたあっち行ってたのか」

隣にいると私はシノを見上げてばかりになるから、ちょっとばかり首がおかしくなりそう。

「うん。整備の勉強になるかも知れないから」

「はあー、真面目だな」

「シノに言われると小馬鹿にされてる気分になる…」

「なんでだよ」

肩を小突かれてバランスを崩した。体格差を考慮して力の加減くらいして欲しいもんだなぁ。

「昭弘と三日月も毎日特訓してんだってな」

「うん、今日も扱かれてたよ」

「…扱かれてる…」

「いや、シノが思ってる扱くとは意味が違う」

この手の単語には素早い反応を見せるシノに呆れながらも相変わらずのリアクションに笑うばかりだ。性的欲求に素直なやつ。

「今日モビルスーツの操縦してみたよ。ラフタさんとアジーさんに教えて貰ってシミュレーター使ったんだけど、予想以上に凄く複雑なことしてるんだね。三日月もユージンも昭弘も凄いなぁ」

「お?俺もめっちゃくちゃ複雑な凄い操縦してるぜ?」

スゲーだろ?と単細胞な発言をしてにんまりご満悦な表情のシノは褒めろ煽てろと催促してきた。何に対しても裏表のない愚直さが魅力だよなあ。でも言われてホイホイしてやるのはちょっと気が引ける。

「はいはい、凄い凄い。自分の手足のように、とは動かせないもんだよね。どう操縦したら動くかって考えてると手が止まっちゃう」

雑な対応にむくれたのは一瞬で、私が機体の操縦がままならない様子だと知って首を傾げた。大の男が首傾げてもあんまり可愛げがないなぁ。

「なんでだよ。思ったまま動くんだから考える必要なんかないだろ」

「あのね、私は阿頼耶識がないからあれこれ考えないと動かせないの」

今更そんなこと言わせるって私にどんだけ興味ないんだ。ああ、そうだよなと相槌をうつシノだって私なんかよりずっとずっと操縦は上手いし手慣れたもののはず。みんな習熟した技術を持っていてそれが羨ましく思える。負けてられないし早く追いつきたい気持ちに駆られる。ライバルがたくさんだ。

「せめてみんなと同じになるまで、どれだけ時間かかるかな。地球に着くまでには人並みくらいには…。難しいかぁ」

「お前、戦う気かよ」

シノが真面目な顔をして、私を見下ろした。いつも戯けておっぱいだの女だの性的欲求を隠しもしないで大声で言って回っている顔とは違う。諾と答えればその真面目な顏の眉間に皺が寄った。

「私だってみんなの役に立ちたい」

整備もやってる。アトラの手伝いで炊事もしてる。雑用だってやってる。でもそれじゃ足りない。まだまだ足りない。私はもっと鉄華団に、みんなに貢献したい。

「分かってねえわけじゃないよな」

死ぬかも知れないんだぞと続けるシノの言葉に頷く。死と隣り合わせ。言われるまでもない。今まで嫌というほど思い知らされてきた。数時間前まで一緒にご飯を食べていた仲間が突如としていなくなってしまう。物言わぬ帰還。或いは体すら残らない。

「分かってる」

生きて帰れる保証はない。覚悟はしているつもり。

「絶対、させねえからな」

間髪入れずに否定されて、臓腑に重いものが生まれる。気味の悪い違和感と、同時に主張を跳ね除けられた憤りが肌の下で蠢いた。

「なんで」

団長のオルガが言うならまだしも、なんでシノがそんなことを、どんな決定権があってダメだと言うんだ。命を張ってるみんなと同じ場所に立ちたいって思うのがいけないことなのか。

「なんでシノがそれを決めるの」

私よりずっと背の高いシノの背中を見上げて食いついた。戦える人数は多い方がいい。多ければ出来る仕事も増える。みんなの力になれる。それなのに、それなのにお前にはさせないってどういう意味。出撃するみんなを送り出すだけじゃなくて、私もそっち側に立ちたい。一緒に戦いたいのに。シノは背中を向けたままだんまりだ。「お前は戦わせない」と言った理由を聞きたかったのに、こっちを見てくれさえしない態度に痺れを切らした。

「いい。オルガに直談判するから」

私を使うか使わないか、判断するのは彼だ。今じゃない遠くない未来。私が戦力になり得るなら、私を使って欲しい。鉄華団の一員として、鉄華団のパイロットとして戦わせて欲しい。イサリビ艦内でオルガが居そうなところへ足を運ぼう。戦いたい。その意思を告げてみんなと肩を並べられるように、それだけを考えていた。

「好いた女を戦わせられるかってんだよ…!」

悲痛な声が響くと同時に手首を掴まれた。力任せに引っ張られて振り返った先、苦しそうに顔を歪めたシノがいる。好いた女。言ってる意味がすぐには分からなかった。



戦わせねえ、と出鼻を挫かれて不機嫌になっていたナマエから怒りが消えて、代わりに動揺と羞恥が入り混ざった妙な顔になった。口が戦慄いて声が震える。ナマエの体が強ばるのを手首から感じた。眉尻が下がって今にも泣き出しそうな顔をして狼狽し始める。予想外の事態にしどろもどろになっている様は、迷子になった子供みてえだ。

「し、シノ」

勢いに任せて口走ったことは後悔したけど本音には違いない。違いはねえけど、細い手首を掴んだまま気不味い沈黙が続く。

「ナマエ」

重い雰囲気に耐え切れず苦し紛れに、呻くように名前を呼ぶ。それしかできなくてまた長いこと二人して黙り込んでしまった。ああ、なんて言えばいいんだろうな、こういう時って。

「あのな」

危ない目に合うのは俺だけでいい。他の奴らに、そんな目にあわせたくねえんだよ。だから命を張って戦ってるみんなと同じ場所に立ちたいなんて言ってくれるなよ。ヒョロくてひ弱な癖に、一丁前に戦うなんて言うな。仲間がいなくなるなんて考えただけで、想像しただけで、どうにかなりそうだ。一人でも欠けちゃいけねえ。お前だって例外じゃない。俺は鉄華団の「団長」じゃねえ。だから俺にはなんの権限はねえ。

でも、権限があろうがなかろうがこれだけは譲れねえ。絶対に嫌なんだよ。モビルスーツに乗って戦うなんて、命を賭けるなんて。そんなのは、ナマエ、お前の仕事じゃねえよ。

「俺が戻って来た時に、お帰りって言ってくれねえと据わりが悪いだろ」

お前じゃなかったら誰が言ってくれるっていうんだよ。


20160430
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -