イイハナミヤ03
※高校生

中途半端に脱げたYシャツが汗を吸って肌にまとわりついていた。あまりに長い行為の途中で意識が飛びかける。激しさ故ではなく、ゆるやかで何の鷹揚もないから。靄がかかったように所在がない。私は何をしているんだ。この行為に疑問すら抱く。花宮は私にのし掛かってしばらく経つけど、中に留まっているもののろくに動きもしない。そんな状態が長いこと続いている。

「悠」

かかっていた靄がふと晴れる。名前を呼ばれたからだと気がつくのにいくらかかかった。ぼやける天井から視線を外してやると、花宮がいた。輪郭が朧げでそこに居る、となんとなくでしか把握出来ない。

「寝るなよ」

「…起きてる」

Yシャツの前ははだけて隠すべきところが露わになっている。足の間に花宮を受け入れて、粘膜で熱を共有している。長い間、中にいるだけでまともに動きやしないから、下半身の粘膜が繋がってしまっている気がする。いい気分ではない。覆い被さる花宮は、自分の下でうとうとして夢心地な私の様子が気に食わないようだった。膝に手を添えてまた少しのしかかる。

「ずっと上になってる俺の身にもなれ」

「アンタが勝手になってるんじゃない」

「減らず口を叩くな」

「うるさいな」

じゃあこれなら文句ないでしょ。そう言って体を起こして花宮の膝の上に乗る。少し上から花宮を眺める。いつも見下ろされているから、なかなか新鮮な角度ではある。腹の奧の感覚がまだ少し鈍い。

「で、何の話だっけ」

「お前が前に見たって言ってた映画」

「あれか」

ミステリーよりのSF、なんて例えでいいんだろうか。一部が飛ぶように売れ二部が作られたが内容としては一部に遠く及ばす。だった割には興行収入はそこまで落ち込まず三部まで作られた。内容の出来としては一部、三部、二部という並びだ。

「一部で終わりにしておけば良かったのに」

「蛇足か」

そもそも一部で全て完結してるから。そう言う前に、少し浮せていた腰を上から押さえつけられて膝が折れた。中心部分が、ずぐりと水気を帯びた。僅かに溢れた。何気ない会話をしているのに体を重ねている。このちぐはぐな感じ。体と頭、どちらが麻痺しているのだろう。

「なんなら今度一緒に見る?」

「蛇足を?」

「違う、一番はじめのやつをだよ」

見なくてもいいやつをなんで揃って見るわけ。自重をかけすぎないように突っ張っているせいで塞がった手の代わりに、ごちんと花宮の額に私の額をぶつけて至近距離で睨んでやった。一部以降も見たいなら一人で見ろ、と。意図を理解したのか無視したのか、話を進めたいのか花宮はそれに返事をしない。あ、私はなんで一緒に見るかって誘ってるんだ?なにが悲しくて、仲良く二人並んで映画を見ないといけないんだ。

「その割にレビューは悪くないだろ、お前が言うほど」

「そうかもね」

花宮でもそんなのチェックしてるんだ。意外そうに言えば、たまたまだと花宮は鼻で笑って腰をゆるやかに且つ強く押し上げた。内臓が一層隙間なく密着した。

「悪くないけど、でも要らないって感じがした」

「へえ」

「設定の使い回しだし」

物珍しさがないだの、既視感があるだの、列挙すればキリがない。映画に明るいわけではないから、ただ私に合わない、という好みの話で片づく。つまるところ私が好きになるに至れない理由。もしかしたら花宮の好みには当てはまる可能性はある。仮に内容が全く面白くなくても「脚本家の無能さ」とか「配役のミス」なんていうところに着目することもあり得る。まぁ、捻くれた楽しみ方だよな、と思う。

「一作目の出来が良すぎたんだと思う」

喉元に噛みつかれた。眼鏡はかけてないしコンタクトレンズも外してしまって視界全てがぼやけている。花宮の表情は、文字通り目と鼻の先まで顔を近づけないと判別できない。突っ張るのがしんどくなった腕は花宮の肩に乗せている。肩へかけての筋肉と骨の質感が、Yシャツを隔てて腕に伝わる。そこから伸びる腕は私の腿に添えられていた。私より大きい筋張った手が、指が、足をもっと開けと催促をする。

「たまにはいいかもな」

「借りてきて」

「お前が行けよ」

「見たいんでしょ」

「そっちだろ、見たいのは」

「たまにはいいって言ったでしょ、自分で」

「それもだが」

こっちもな。花宮は一向に自分の指示を無視する私の足を無理矢理広げさせた。眠っていた下腹部の感覚が目覚めた。じゅぐ、と生々しい泥のぬかるみが溢れてくるようだった。

「見上げるもの案外悪くねえな」

「…見下ろすもの悪くない、多分」

珍しく意見が合致した。こじ開けられた中央部分に花宮の楔が食い込んでいく。長く居座るそれがにじにじと入り込んでくる。襞、細胞の一つ一つに快楽を覚えさせるかのように。合わせて、外れかかって胸の間にぶら下がっていたネクタイを締め上げる。久しい感覚。眼下の花宮の目に色が宿る。隠しきれない、隠す気がないに等しい、情に突き動かされる本能のままの欲。ぎりぎりの境界線の上を綱渡りする。花宮に全てを委ねて、全ての選択肢を花宮に押しつけて、すべからく花宮の采配でなにもかもが決まる。

「悪くはねえけど、へたくそだからな」

お前が上だと心許ない。視界が一気に回ってベッドにまた押し倒されている。心許ないなんて言いつつも、見下ろされるのが少し気に障ったんでしょ。それが本心。これくらいに暴力的なのが、あんたらしい。柔らかく心地のいい手つきなんて嘘っぽい。それがずっととなれば尚更。踏みにじってなんぼだ。反抗してなんぼだ。いがみ合ってこそ、だ。噛みつかんばかりに睨み合うのに、体の方は正直と言うべきなのか、来る衝撃をどこか待ちわびている。

「かしこまってねえで鳴け」

「ーっ う」

今まで感じることを忘れていた感覚がまとまってやってきた。足を広げても抉られても特段何も感じることのなかったそれが、今になって突然、私に牙を剥く。絶対的に覆らない体格差、力の差。男女の性差。肉が肉を受け入れる。眠っていた肉欲が目を覚まして私をあっさり飲み込んだ。腕を伸ばす。足を開く。息を吐いて吸う。それをするだけなのに、花宮の動きに体が翻弄されて言うことをきかない。喘ぐにもネクタイが締まってきて呼吸が上手く出来ない。邪魔される。視界が霞むのは血が巡ってないからだ、なんてバカ正直に考える。余裕なんてないのに。

「あっああ、  う 、」

「悠」

また名前を呼ばれた。視界を遮る霞と前髪で花宮の体の一部しか見えない。のしかかる体重に体温で花宮がどれくらいの近さにいるのかを判別する。目の前に、いる。Yシャツを掴んで身を捩ったのを抵抗と判断した花宮は、唐突に私の首筋に噛みついた。

「っ痛・・・っ!」

やめろ、手加減ぐらいしろ。角度を徐々にずらして最も柔らかいところを探るように、噛みついては吐き捨てるを繰り返す。

「ひ  っ」

肉食動物が草食動物を殺すために首に牙を立てるように、花宮は私のそこに噛みついた。さっきみたいにすぐに離れることはなく、食いついて動かない。

「待っ、  い あっ・・・!」

皮膚が、ちぎれる。引っ張られて喉がつかえる。まともに声なんて出やしない。



膝の上に乗った悠のなんでもないやりとりで、これ自体がなんでもないことになりかねない。寝起きに近い状態だと体の感覚なんてもんは鈍い。思考だって似たり寄ったりだ。大差はない。

「待っ、  い あっ・・・!」

起きろ。覚醒してから、そこから乱れてみろ。顎の感覚がなるくらい噛みついたあとの悠は面白いくらい乱れた。歯形には仄かに血が混じったように赤くなっていて、くっくりと跡が残っている。

「は、噛んだだけだろ」

汗に混じって涙を流して耳まで紅潮させて、挙げ句反応が別人のようだ。

「加減、ってもんを知らないの、あんたは」

震える声。収縮する粘膜に粟立つ肌を見る限り、上々だと思う。易々と出来上がった。抵抗すべく突っぱねてくる腕だって大した力がこもっていない。悠は敏感に成り果てた自分の体に振り回されている。ちょろいもんだ。

「してやっただろ、血が出る前に」

歯形を指でなぞる。すると息を詰まらせてうっすらと涙の残る目を歪ませて睨み上げる。触るな、と吠えるより早く穿てば代わりにか細い悲鳴が漏れる。下腹部が濡れる音が耳につく。揺する度に憎らしげに眉を寄せ、出すまいと歯を食い縛る悠の声は無情にも高くなる。

「う…、 あぁっ あ」

ゆるゆると腰を動かすと悠の口から合わせて、艶のある声がする。かしこまってねえで啼け、と言ったままに鳴いている。淑女の面を貼りつかせたままお高くとまっているのが気に食わない。手を出せば噛み付く癖に、躾けられて大人しく体裁を整えているのが気に食わない。反発する時だけ吠えて噛み付いてくるなんて、美味しいところだけ持って行くなよ。汚い部分も曝け出してみろ。満たされて壊れるのだけは拒絶したがる。調子の良い奴だ。

「くだらねえ。恥じも外聞もないくらいに啼いてみやがれ」

「や、あっ  ―」

行き場のない快感をやり過ごそうとシーツを掴む手、仰け反って露になった喉元、首に絡まったネクタイにくっきりと歯形が残る首筋。戦慄く腰。悠の肉の圧迫感に引き寄せられるまま、悠の細めの腕を握り締め何に抗うことなく吐き出した。
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