イイハナミヤ01
※社会人設定

「お前も新年会か」

「歓迎会だよ。この時期に新年会って、時期が遅すぎない?」

自己都合で退職した社員の後任として中途採用の新入社員を新たに部のメンバーを加えたのは昨年の12月頭だった。季節外れもいいところだが、人手が若干足りないために採用を行ったらしい。目が回るほど忙しいわけでもないが、猫の手は借りたいくらいに忙しい。そんな時期に新人教育に回せる人員があるのか、と問われれば諾とは言い切れない。が、適度に忙しい方が仕事を教えるのに事欠かないだろうということでグループのリーダーがGOサインを出したわけだ。新人は覚えがいいというわけではないながらも、精一杯頑張っているのが目に見えてわかる質で悪い人ではない。三か月続いているなら今後もきっと辞めはしないだろう、とこの時期に歓迎会を催した次第だ。

「上司の長期出張に部下の尻ぬぐいに同期のフォロー。有り得ねえ雑務も重なってこの時期だ。別にやらなくてもいいものを、どっかの酒呑み野郎が「俺が帰ってくるまで待て」っていうからな」

「面倒な上司」

エントランスで鉢合わせた互いの顔はどこかほろ酔いだった。その面倒なのんべえのわがままに付き合って酒を飲んだ花宮に、そこそこの繁忙期に頑張って仕事を覚えようとしている新人の歓迎会で飲んだ私に。付き合いって面倒くさい、なんて揃って愚痴りながら、少しばかり覚束ない足でドアまでたどり着いて、感覚が朧げな手で鍵を開けてようやく揃って帰宅した。疲労を認知した瞬間から体は鉛のように重くなり、これまた二人揃ってリビングで項垂れた。

「ちくしょう、頭痛え」

「明日休みで良かった。本当に良かった…」

「水、おい」

「自分で取って。アンタに気遣うほどの余裕はない」

「取らなくていい。手に持ってるやつ寄越せ」

「はぁ?寄越せって言った?」

二人とも素面ではないと薄々、いや確実に勘付いてはいた。リビングで揃いも揃ってぐうたらに寝そべったり座り込んだり、普段なら絶対にしない。アルコールのせいだ。大した量を摂ったわけでもないのに、アルコールのせいで正常な判断が出来ていない。花宮は仰向けになったまま水を寄越せと言う。私だって座り込んだまま立ち上がるのすら億劫になっているのに、寄越せと言うか。わずかに残った水をクイッと飲み干して花宮を一瞥する。

「そんな態度で言われて素直にくれてやるやつがどこにいるんだっつーの。口の利き方に気をつけろ」

バーカ。なんて子供染みた啖呵を切り、寝転がる花宮の恰好を鼻で笑いつつ、空になったペットボトルを投げつけてやった。肩にペコンと、間抜けな音を立ててぶつかった。

「痛えな」

予想するまでもなく、今の私の行動が気に障ったらしい。緩慢な、それこそスローモーション再生しているようなノロさで体を起こした花宮は匍匐前進よろしく体を引きずりながら私のところまで来た。大して痛くもない癖にいけしゃあしゃあと何を言ってるんだか。気に食わないだけだ。私の反抗的な態度が。何年も前からこうなのに、未だに気に食わない。いつもなら口で言い負かすくらいできるのに、それをするより手を出した方が早いってわけだ。

「舐めた真似すんな」

「お互い様じゃないの、舐めてるのはそっちでしょ」

「減らねえ口だ」

覚束ないようで、私の胸倉を掴むその手つきは明瞭としている。されるがままは癪だ。私も手を伸ばして花宮の襟元を握り締める。このやりとりは飽きるほど繰り返されている。反抗的な態度を屈服させようと力づくで押し込めて、それに屈するのは嫌だからそれを突っぱねる。押し込めた手を突っぱねて、屈しろとかかる圧力に掴みかかって、でも結局は受け入れる。折れてなんかやらないけど、享受してる。

「あんたもね」

生ぬるく柔らかい皮膚が触れる。歯が唇を掠る。掴まれた胸倉が苦しくて、これ以上締め上げられたら意識が飛ぶかもしれない。そんなギリギリのところで体が一気に解放されて、天井が眼前に広がる。押し倒されてるのを理解したと同時に、Yシャツの前が寛げられた。花宮は笑ってる。いや、嗤ってる。最早手垢塗れになったこの繰り返され続けるやり取り、―何を言い何をすれば折れるのか―分かり切ったことを繰り返すことへの自嘲なのか、私への蔑みなのか、どちらにしろ嗤っていた。



暑い。涼しい。いや、肌寒い季節のはずなのに額に汗が浮かぶ。掴む腕には汗が滲む。全てが鬱陶しい。熱気も息遣いも肌を合わせている事実も、酒で思考がまとまらなくて考えることを放棄して快楽を享受している私の体も。部屋の空気も照明も何もかも、全部ひっくるめて鬱陶しい。

「ちくしょう、覚えてろ」

何を「覚えてろ」なのか。ちくしょうはともかく、この行為が終わったあと私はこいつに何が出来るというんだろう。精々、私を組み敷いていたその体のどこかに一発二発、拳か蹴りを見舞ってやるのが関の山だ。ただの負け惜しみじゃないか。

「口が達者なのはいいけどよ」

「ひっ」

穿たれたら素直に反応を示してしまう自分の体が忌まわしい。悠、と不意に名前を呼ばれて視線の照準を花宮に合わせた。今に始まったことじゃねえけど、と前置きをしつつ目にかかった髪を梳きながら払った。開けた視界、花宮の冷たく怜悧な瞳と視線がかち合う。

「お前、ぎゃんぎゃん吠える割には、あっさり尻尾巻いて引き下がるよな。惨めな負け犬みてえ」

軽々しく吐かれた言葉に臓腑がずず、と重くなり思考するより早く報復をしなければと体中の細胞が理解した。負け惜しみだろうがなんだろうが知るものか。私の怒りがおさまれば、例え花宮に突きや蹴りの一発二発、渾身の力でいれることができればなんの文句もないわけだ。

「ふふ…」

負け惜しみ。惨めな負け犬。体裁なんてどうでもいい。私の気がおさまりさえすれば、そんなもの履いて捨ててやる。もれた笑い声を訝しがる花宮を他所に私はもう一度呟いた。出来うる限り憎悪の念を込めて。

「覚えてろ」

どこか愉快げな私の声色に、花宮は嗤った。
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