カウントダウン
※真選組夢主

遡ること約十カ月。場所は歌舞伎町。夜が明けて間もない時刻。悪事を働こうと画策する者は昼夜問わず動き回る。真選組は爆破テロ事件を起こそうと企画している者を捕縛すべく、アジトにしている建物を囲むように音もなく配置についている。

「ほとり、怖くて漏らすのはナシだぜ」

「大丈夫ですよ。これでも実戦経験は積んでます」

「そりゃ頼もしい」

「切り込み隊長、頑張ってくださいね」

ほとりは討ち入りの前に沖田に声をかけられた。敵に真っ先に仕掛ける一番隊の隊長の所作は平素と変わらず飄々としている。

「頑張るなんて大したもんじゃねえさ。いつも通り乗り込んで斬るだけだ」

「バズーカは使わないんですか?」

「使いたいのは山々なんだが近藤さんからストップかかりやした」

「あ、周りへの被害デカそうですもんね」

市中見廻りだろうと討ち入りだろうと場所を選ばずバズーカを撃つせいで被害届が出されることをほとりは思い出した。チンピラと言われる原因は、隊士たちの振る舞いだけに留まらずこれもあるかと溜息をついた。

「ほとり、配置はどの辺りですかぃ」

「今日は三番隊です。斎藤さんの後ろをついていきます」

まず一番隊が突入、その後に別働隊の二番隊と三番隊がそれぞれアジトに流れ込む。建物の周りは360度隈なく隊士が配備されていて逃げる隙間なんてありはしない。

「しかし事務方まで引っ張り出さないといけないほど人員不足なのはどうにかしてえですね」

「わたしじゃ不足ですか?」

「現場が分かってる人間がいるに越したことはないが、確実に刃傷沙汰になるようなところに来させたくないだけでさあ」

「今更ですよ」

真選組の一員なら携わる仕事に性差は関係ない。だとしても、戦闘となると話は変わる。女は非力だし逆立ちしても体力や筋力で男に勝ることはできない。肩を並べられるのは胆力や度胸と呼ばれる類のものくらいだ。

強いて言うなら大柄な男性に隠れるように動けるだけが利点と言えるかもしれない。精々その程度。でも取り柄がそれしかないわたしでも討ち入りには何度も加わっている。段取りも人の斬り方も心得ているし、組織化された集団の立ち回りもほとりは理解しているつもりだ。

「足手纏いにならないようにだけ気を付けます」

物怖じしないほとりを見て沖田は肩をポンと叩いた。指揮を執るのは近藤、作戦の立案は土方だ。山崎の地道な潜入活動でアジトの見取り図は抜け道も含め全てが把握されていて、真選組全員に周知されていている。

「5時58分…」

腕時計を見遣ると予定の時刻が迫っていた。2分後には一斉に突入する。携えるのは打刀と脇差。その愛刀の鞘を掴む。静まり返った町。息を殺して持ち場についた。



一昨日に行われた討ち入りの報告書を読みながら伊東は立ち上がる。

作成者:寒河江ほとり

例の如く書類作成を担ったのはほとりだ。自身も突入して攘夷浪士を捕らえ、激しい肉体労働のあとにデスクワークは堪えるだろうに、あっという間に書類を提出してきたことに伊東は感心した。伊東は外回りで不在にしていたため、この討ち入りには参加していない。書類を捲る。

陣頭指揮を執った近藤の判断と作戦がよく噛み合い、突入から僅か1時間も経たずに制圧は完了していた。真選組内から一人の負傷者を出したもののそれ以外に目立った損害はないという。

「伊東先生、お疲れ様です」

屯所の門をくぐった途端に伊東の姿を見つけたほとりは小走りで駆け寄った。

「巡回の戻りかい」

「いえ、巡回は午後からです。これを取りに行った帰りです」

藍色の鞘に収まっている打刀を掲げた。ほとりはこの刀を愛用している。

「先日の攘夷浪士討ち入りの時に刃こぼれしてしまいまして…これで三回目です」

欠けた刀でもしばらくは凌げたが最終的にはもう片方の白磁色の鞘に収まっている脇差で立ち回った。アジトの中は手狭で、使われる頻度の少ない脇差の方がいくらか勝手が利いた。ほとりの小さく零した愚痴を伊東は聞き逃さなかった。

「寒河江くん、君はどこで剣術を?」

「武州の寺子屋です。お世話になった先生が一刀正伝いっとうしょうでん有刀流を習っていたので手解きを受けました」

「一刀正伝有刀流か」

北斗一刀流から派生した流派である。厚い籠手を付けて重い竹刀で打ち合う打ち込み稽古は他流派と比べて些か過激で苛烈さが目立つ。講武所の幹部が一刀正伝有刀流の稽古の様子を見て、”薪割りのような剣術では当たり所が悪ければ重篤な怪我を負う恐れがあるから寺子屋などで習わせるのはよろしくない”、と苦言を呈したいう逸話が伊東の脳裏を過った。

「とは言っても、教えてくださった方は免許皆伝を受けていなかったようです。他の道場と比べると技術面では拙い部分もあるでしょうけど練習量は多かったです」

「寒河江くん、北斗一刀流へ流派変えしてはどうだろうか」

「流派変え、ですか?」

唐突な提案をされおうむ返しをした。意図するところがわからず疑問符が浮かぶほとりを見て、伊東は眼鏡を中指で押し上げる。

「ところで、刃こぼれする理由はわかるかね?」

「はい。わたしの修練不足によるものです」

刀の切れ味は扱う者の技量に左右される。刀自体の出来と、扱う者の技量が釣り合っていなければすぐさま使い物にならなくなる。素人が粗雑な刀を使えば言わずもがなである。しかしほとりは素人と呼ぶには技術があったし、時間を縫って稽古に励んでいる。

「師範ではない者の指導でその腕前ならそれなりに評価できるが、技量不足だと君自身がよく分かっているだろう。隊士たちと研鑽に励むより、君には正統な指導が必要だ」

「と、言いますと……伊東先生が稽古をつけてくれるということですか?」

「生憎、僕は時間が取れない」

「あ、そうですよね…すみませんでした…」

一対一で稽古を受けられるのかと期待して舞い上がりそうになった自分をほとりは戒める。

「一刀正伝有刀流から北斗一刀流へ変えるなら似通った部分が多いから難しくはないはずだ。多少の癖はつくだろうがこのまま中途半端でいるよりは良い。知り合いに北斗一刀流の道場を営んでいる人がいるから推薦状を送っておこう」

「推薦…!」

ほとりは胸が熱くなった。それは伊東がほとりを評価していることに他ならない。

「今週中には送る。今月末から稽古をつけてもらえるように手配をしよう」

「ほ、本当によろしいのですか?」

「君が嫌でなければ、の話だが」

「嫌なはずがありません!是非ともお願いします!」

前のめりで詰め寄るほとりの勢いに伊東は面食らったがすぐに取り直し居住まいを正す。

「仔細は追って連絡しよう」

「は、はい!ありがとうございます!」

感情が昂ったまま落ち着きを取り戻せない。心臓が大きく脈打って伊東にかけられた言葉が頭の中で何度も響く。流派変え。推薦。自分のことを少しでも考えて提案をしてくれたことが嬉しくて堪らなかった。

伊東の言った通り、その月の終わりから非番の日には道場に通うようになった。厳しくも細やかな指導を受けて自分の剣術がだいぶ荒削りだったことを再認識した。時間を見つけては自主練にも励み、休暇は全て稽古に費やされた。

半年も経とうとする頃、目に見えて稽古の効果が表れ始めたと気がついたのは近藤の言葉があったからだ。

「ほとり、総悟から聞いたが最近随分と腕を上げたそうじゃないか」

見廻りや討ち入りなど、度々刀を使うことがあったが刃こぼれする回数が格段に減った。それどころか太刀筋に鋭さが増し洗練された動きを身に着けていた。

「実は、伊東先生に紹介していただいた道場で稽古をつけてもらっているんです」

幸い基礎はできていたのでそれを基にして一層の強化と北斗一刀流の動きを合理的に且つ徹底的に仕込まれている。ほとりは、一刀正伝有刀流の名残のある北斗一刀流の形を体得しつつある。

「本当に真面目だな、ほとりは」

「そんなことないですよ」

年頃の女の子だからあちらこちら遊び回りたいだろうに、と近藤は苦笑いをした。しかし今のほとりにとっては遊びより剣術の稽古に励む方がずっとずっと充足感がある。伊東のために刀を振るえると思えば何も苦ではなし。

「わたしは稽古してる方が楽しいんです」

ほとりは牙を研いでいる。



「副長の度重なる不祥事の数々を鑑みて、局中法度にもあるように切腹を申し渡すべきだと局長に進言した」

懲罰なしでは他の隊士に示しがつかない。破れば法度の通りに罰があると身を以て証明して貰わねば規律は乱れる。それが伊東の至極真っ当な言い分だ。伊東派の面々が集まる会議のあと、ほとりは伊東に耳打ちした。

「局長は首を縦に振らないと思います」

「勿論それは織り込み済みだよ。切腹させないのであれば代替案を出さねば彼の立場はない。それ相応の処罰が必要になる。殺さないなら存在を抹消する他あるまい。近藤さんにはどちらかを選んでもらう」

除隊。更迭。退職。いずれにしろ切腹以外の手段を選んでも土方が二度と真撰組に戻ってくることは叶わないだろう、と伊東は淡々と説明した。

「一番の不安因子が取り除けるということですね」

「寒河江くん」

「はい」

「近藤さんを暗殺しようと企んでも、彼に土方くんの命運を握らせようと画策しているのを聞いても君は顔色ひとつ変えないな」

「わたしは参謀補佐ですよ。貴方をたすけ、務めを果たせるよう尽力するのがわたしの仕事です」

近藤や土方との過ごした時間の方が長いのに動じないほとりを不思議に思ってたが、仕事と割り切っているようだと判断して伊東は頷く。

「君の迅速な対応のお陰でやりやすかったよ」

「手心加えず使っていただき嬉しい限りです」

日に日におかしくなっていく土方の話題は屯所内で持ちきりだった。そして何より彼の奇行は目立つ。局中法度を破ったうちのいくつかは伊東の指示のもとでほとりが偽装工作したものだが、土方の仕業だと思い込まない者はいなかった。

「伊東先生。田舎者のわたしに仕事の手解きをしてくださり、更に剣術を学ぶ機会を与えてくださったこと、心より感謝しております。此度の計画にも加えていただき、お力添えできて恐悦至極です」

仰々しい挨拶に伊東は眉を潜める。

「なぜそこまで僕に付き従う?君は近藤さんに恩があるのだろう」

「ご存じだったんですね」

ほとりが真選組に入った経緯を知っていなければ近藤との関係を指摘しない。指摘したのは履歴書を見たからだろう。伊東の役職上、確認しようとすればいつでもできる。知っているなら話は早いとほとりは思った。

「局長には恩があります。でもそれ以上に、貴方にも恩があるからです」

理解し難い、と伊東の表情に露骨に現れた。恩のある人を差し置いて自分に忠義立てするのが不可解な伊東はほとりに素気無く言い返した。

「僕は君に特別なことをしたつもりはないよ」

「あなたにとって特別でなくとも、仕事が出来るように指導いただいたこと、流派変えを勧めていただいたこと…あなたの教授する全てがわたしにとっては何にも代えがたいものです」

冷たくあしらっても部下が食い下がる。普段は聞き分けがいいはずなのに、どういうつもりなのか。伊東は訝しんでいた。ほとりはその伊東の目を見て言った。

「付き従うのは、恩以上に貴方を慕っているからです。伊東先生」

「慕う?」

場違いなことはわかっている。伊東にとっては部下の戯言だ。上司を困らせてはいけない、とほとりは話を打ち切る。

「無駄話をしてすみません。仕事がありますのでこれで失礼します」

目下の最優先事項は局長暗殺計画の実行と遂行だ。伊東は部下の妄言などに惑わされ揺さぶられる男ではない。これでいい。伊東が自分の言葉を戯言だと判断して、いままでと変わらず使ってくれれば。ほとりは廊下を足早に歩いた。



副長室の扉を開けるとタバコの匂いがする。存外散らかりが少ない部屋を見回して、手続きの必要な書類や仕掛かり中の仕事が残っていないか取りこぼしのないように隅々まで探す必要がある。

すべきことはわかっているのに体が動かない。匂いに拒否反応を示す。空気を入れ替えれば匂いは薄くはなるが、壁の色を煤けた黄色にするほど染み付いたそれはほとりの鼻にまとわりつく。時間と労力を要してやっと距離を置けるようになったそれを、四六時中所構わず燻らしていた土方が包み隠さず言えば目障りだった。

「嫌になるな、ホントに…」

「ほとり」

「ひぎゃあ!!」

気配もなく背後から声が聞こえほとりは悲鳴を上げながら飛び上がった。振り返るとすぐ後ろに買ったばかりの菊一文字RX-78にイヤホンを挿し音楽を聴いている沖田が立っている。

「お、脅かさないでくださいよ沖田さん…!」

「ボケッと突っ立ってる方が悪いんでぃ。なんですかい、マヨネーズ野郎の部屋の前で呆けて」

「掃除をしようかと思いまして…」

「事務方というより雑用係じゃねえですか。そんなもん山崎にやらせておけばいいんでさぁ」

「それだとあまりに山崎さんが不憫です」

タバコの空箱、古いジャンプやマガジン、手当たり次第に物を整頓しながら不要物を捨てていく。灰皿にこんもりと溜まっている吸殻が放置されているのを見た時、土方が隣にいたらその灰皿でぶん殴っていた自信があるとほとりは思った。土方のイメージに似つかわしくないアニメのグッズや可愛らしいフリルの付いた服を身に纏うフィギュアなどが並ぶ。

「これ、売り払ったら少しはお金になりますかね?」

「さぁ?捨てた方がマシかも知れないですぜ」

オタクになったとは言え土方が手元に置いていたもので私物扱いとなるため、とりあえずアニメグッズ類の処分は保留となった。ほとりが手を動かしている横にいる沖田はその様子を眺めているだけだ。

「掃除ねえ…ご苦労なことで」

「土方さん、いま謹慎中だし…。本当だったんですね。近藤さんからおかしくなったとは聞いてましたけど」

「ありゃ精神疾患の一つでさあ」

「二重人格のようなものってことですか?人が変わったように見えたのはそういう理由だったわけですね…」

アニメ狂いになった理由に納得がいったほとりは大事に並べられているフィギュアを横目で見る。何故同じものが三つあるのか、不思議に思えた。

「謹慎は妥当でさぁ。局中法度をいくつも破ったんだ。聞いてるだろ」

「遅刻に無断欠勤に早退、重役会議中に携帯を鳴らす、尋問中の攘夷浪士と和気藹々と話した末に逃す、未遂で済んだけど身分証明書の紛失、市中見廻りの最中にアニメショップに行く、経費でブルーレイボックスを買おうとした…挙げ出したらキリがないですよ」

「最後のは初耳だ。もうちょい詳しく」

「そのまんまですよ。15年くらい前に放映されてたコアなファンが多い深夜アニメ…内容はよくわからないですけどプレミアがついてたみたいで」

領収書に7万って書いてありました。そう言うと沖田はわざとらしく声を上げた。土方さんだってまだガキンチョだった頃のアニメにお金注ぎ込むってどういうことだい!と笑いながらも驚いている。

「マジもんの精神疾患かい…こりゃ面白れえな」

「面白がってないで掃除手伝ってくださいよう。ところで、謹慎はいつ頃明けるんでしょうね?」

「ほとり、アンタ参謀補佐だろ。情報は入って来ないんですかィ」

「いくらなんでも人事のことまでは話してくれないですよ。わたしはあくまで補佐ですから」

「まあ俺としては戻って来ない方が都合いいんでさあ。副長の座は俺のもんだ」

「うわ、ドSをここぞとばかりに発揮してる…」

心配する素振りを見せるどころか、不在であるために自身の望むものが手に入ると沖田は言う。

「目の上のタンコブが消えてくれて清清しまさあ。ほとりだってタバコに悩まされることがなくなるんですぜ」

「そうですねえ。それは嬉しいですね」

「しかし酷えヤニだな…」

副長室の壁がタバコのヤニで黄ばむだろうと修繕費がかさむ心配もなくなった。この会話を近藤が聞いたら怒りつつも悲しむだろうなと想像をしては笑いがこぼれ我ながら嫌な奴だ、とほとりは思う。

「そうそう、明日の隊士募集の件ですけど列車は夕方発です」

「こんな時期に隊士の募集ねぇ…」

「真撰組は人手不足ですから。いい人がたくさん来るといいですね」

「そうだな」

「…もしかして面倒くさかったりします?」

「当たり前だろぃ」

「あ、一緒にサボります?実は現地でやる事務仕事を思うと胃が痛くて…」

「面倒だが仕事をほっぽり出すわけにゃいかんだろィ」

「まあ、そうですよね」

沖田は結局の掃除の様子を眺めているだけで、束ねた雑誌の山とごみくずを手にほとりは文句を言いながら作業を終えた。



人の口には戸は立てられない。

「伊東が切腹を申し付けたらしいが近藤さん達が説得して更迭で済んだとよ。が、もう戻ってはこれないだろ…」

ひそひそ声が屯所内のあちこちで聞こえる。

「お前、明日の隊士募集の遠征行くのか?」

「はい。お土産買ってくるので楽しみに待っててくださいね」

「ガキじゃねえんだからいらねえよ」

「そうですか?とりあえずいい人採用できるように頑張ります」

同僚の隊士に素気無い態度であしらわれる。ここまで来ればいい加減、わたしのことを伊東派の人間だと思わない隊士はいないだろう。それでも計画開始までは中立を装う。水面下で進められる暗殺計画。共有される情報で近藤さんをはじめ土方さんの身に危険が迫っていることが把握できる。

「伊東先生、列車の手配は万事抜かりなく進んでいます」

「土方は四番隊のやつらが始末に向かいます」

緻密で合理的、一切無駄のない計画を遂行すべく準備が整えられていく。計画実行まで残り僅か。

「準備は整った。明日、近藤は死ぬ」

真撰組は、伊東先生のものとなる。


改稿:20201010
初出:20200808
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