山崎からのお誘いをはぐらかす話
※真選組夢主
※時系列的に三話の後
「なあなあ、スン・ゴズラ見た?」
「見た見た!ゴズラを迎え撃つところもだけど東北弁で議論を交わすところ胸熱だったな!」
屯所内は話題の映画で話は持ちきりだ。俺ももう見たけどほとりちゃんを誘うべくチケット買ったもんね!事務室に足を向けると、机に向かって黙々と作業している彼女が見えた。ちょうど一息ついたのか書類をまとめて僕を見遣った。
「ほとりちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です、山崎さん」
「はいこれ差し入れ」
「いいんですか?わあ、なんだろ」
紙袋の中身はちょっとお高めな喫茶店のクッキー。袋の柄を見て気がついたのか、差し入れの品を見てパッと表情が明るくなった。
「わたしダージリン好きなんです!ありがとうございます」
うわああー!その笑顔を俺にだけ向け続けてくれ!花が咲いたように笑うほとりちゃん可愛い…!その笑顔があるから仕事に来てるようなもんだよ。有給でいない日は朝から気持ちがどんよりしちゃって仕事が手につかないよ。早速、封を切ってクッキーを食べているほとりちゃんにそそくさと近寄った。
「ほとりちゃん、映画行かない?」
「映画…」
「そ、今やってるスン・ゴズラのチケットあるんだ。週末予定が空いてたらどうかな?」
男・山崎退。意を決してほとりちゃんにデートのお誘い!この間の買い出しの時みたいななんちゃってデートじゃないぞ!歴とした正式なデートだ!差し出されたチケットを見てしばし考えていたほとりちゃんは顔を上げて、あはは、と照れ臭そうに笑って言う。
「やだな、山崎さん。そういうドッキリよくないですよ」
「へっ」
「いくらわたしがモテないからってデートの誘いには飛びつきませんよ。ダメですよ、お遊びでもそんな役を買って出ちゃ」
「えっ?ちょ、違…」
話しが変な方向に転がり出してる。なにかの罰ゲームで俺がほとりちゃんをデートに誘ってると勘違いしているよねこれ!?待って待って俺は心の底から君と出かけたいんだよ!たまにこういう天然なところもあるから余計に可愛いんだけどね…。いや違う今はそういう話しをしてるんじゃない!
「それに山崎さんは付き合ってる人いらっしゃるんでしょ?その辺りの分別はあるつもりなので」
「彼女いませんけど!?」
本物の彼女もイマジナリーな彼女もいませんけど!寧ろほとりちゃんとそういう関係になりたいからこうやって声かけてるんだけどなあ!相変わらずニコニコしてクッキーを食べてる彼女は事の重大さが伝わってないのかも知れない。しっかりと俺の気持ちを伝えなければ!
「いやドッキリとかじゃなくてね、俺はほとりちゃんと」
「その角で沖田さん辺りがいたりするんでしょ?盗撮か盗聴かしてゆすりのネタにされそうな気がします」
事務室の少し先にある曲がり角を指差した。人の気配はない。
「違うよ、あのね俺は」
「チッ。なんで分かったんだィほとり」
「ギャア!?沖田さん!?」
ひょっこり顔を覗かせたのは真選組一番隊隊長その人だ。なんで!?なんでドッキリ仕様なの!?逆に俺がドッキリの標的になってませんか!?
「あっ、ほらやっぱりドッキリじゃないですかあ」
テレビ局のカメラマンが持っているようなでかいカメラを肩に抱えている。アンタなんでそんなもの持ってるの!?やめてくださいよ!俺は真面目にほとりちゃんをお誘いしてるんですう!
「撮ってどうするつもりですか?」
「クリスマスや年越しの瞬間にでもこの映像を屯所にプロジェクションマッピングするんでさァ。ド派手なイルミネーションになってシケた屯所も少しは華やぐでしょ」
「わあ、大掛かりな悪戯ですね。沖田さん、公開処刑って言葉知ってます?」
「マジでやめてもらえますかああ!?」
「ひどい仕打ちですよコレ。パワハラです」
「なんでぃ、二人してノリが悪い」
人が意中の人にアプローチしてるところを面白半分にすっぱ抜かれるのは嫌だからノリ悪くて当然でしょ!キーキー喚いていると、突然サイレンが鳴って屯所内に放送が鳴り響いた。
『歌舞伎町5丁目のコンビニにて強盗立て篭り事件発生!屯所にいる隊員は至急急行せよ!』
「なんだィ、いいネタが撮れそうだって時に。行くぜ山崎さっさと歩いてくだせぇ」
「ぎゃ、襟掴まないでくださいよ首が締まる…!」
カメラをほっぽり出した代わりに沖田さんは俺の隊服を掴んで引きずって行く。うわわ、やめて本当にやめてください沖田さん!好いた人の前でこんな醜態晒したくないよ!!ずるずると容赦なく連れ出されるおれはほとりちゃんに向かって叫ぶ。
「ほとりちゃん!帰ってきたら話の続きしようね…!ていうか立て篭り事件解決させたら一緒に映画見に行こうね!」
「山崎さん、それ死亡フラグです」
バイバーイ、と手を振るほとりちゃんに見送られ屯所を出て現場へ向かう。ああ、タイミング悪いなぁ…。俺、運がないな…。
*
こんな風に声をかけてもらえてありがたいのだけど、申し訳ないことに全く興味が持てない。山崎さんは仕事のできる素晴らしい先輩だ。
「映画行かない?」
参ったな…。無下に断ることもできないし、かと言って週末に同じ時間を過ごすのは気が引ける。のらりくらりと躱していたらサイレンが鳴った。沖田さんが山崎さんの首根っこを掴んで行ってしまった。泣きながらわたしの名前を呼ぶ山崎さんと沖田さんを見送った。
「お二人とも気をつけてー!」
山崎さん、すみません。できたら映画はお断りしたいです。お友達と行った方がきっと楽しめると思います。
「……伊東先生は、どんな映画を見るんだろう」
わたしと行っても多分上の空だろうから。
20200707