片鱗
※真選組夢主

今日は久しぶりに仕事がゆるやかだ。監察の仕事もなし。のんびり過ごす手もあるけど、誰かが沖田さんか副長辺りにチクってボコられるパターンが有り得てしまうのでたまには事務の手伝いでもしてもいいかもしれない。仕事サボってると思われたら嫌だし。

「ほとりちゃんいるかな?」

事務の仕事を引き継いだのはだいぶ以前のことになる。ほとりちゃんが真撰組に着任してしばらくして、仕事全般をこなせるようになってからだった。覚えが早く、気配りができて頼もしい後輩が入ってきたと思った。大きなトラブルもなく仕事を渡し終えたのが懐かしい。たまには先輩風吹かしてもいいんじゃないかな。なんて思って襖に手をかけようとした時。

「あっ」

ガラッと勢いよく開いた襖の向こうに見慣れない女性が立っていた。カールした睫毛、きつい色のアイシャドウ、目を引く明るい色の口紅に派手な着物に身を包んだ女の人。どうしてほとりちゃんの部屋…いや事務室からこんなギャルが出てくるの!?思わず飛び退いて悲鳴を上げた。

「ど、どどど、どちら様ですかああ!?」

女の人は僕を見て「わたしぃ、地味な男には興味ないんだよねえ」と言うに違いない。この漲る自信、自分の顔がいいとわかっているからこそ言えるセリフだ!…いやそうじゃなくて、ここ屯所だから!不法侵入じゃない!?真撰組の屯所に入り込むなんてどんな冒険してるのこの人!?

「山崎さん、わたしです。寒河江です」

「え、…ほとりちゃん!?」

濃い化粧に気を取られてうっかり見落としていたけど、よく見れば面影がある。そして人懐っこいこの声。間違いない。しかし何故そんなギャルみたいないでたちでいるんだろう?

「その格好どうしたの…?」

「この間、制服で買い出しに行ったら市民の皆さんに“税金泥棒!”とか“チンピラ警察!仕事しろ!”だの言われまして」

腹が立つので変装です、と口を尖らせるほとりちゃんの格好を改めて見る。普段の顔が想像つかないメイクの出来に俺はただただ驚いた。いやあ、化けるって書くだけあるよね。所作もいつもと違って自信満々といった感じだ。

「変装上手いなあ。ほとりちゃん、監察方の素質あるよね」

「ところで山崎さん、今お時間あります?」

良かったら監察方も兼任しない?という俺の勧誘もといアプローチを無視してほとりちゃんは襖を閉めた。

「買い出しに付き合ってくれませんか?ちょっと量が多くて…。単純に買い出しじゃつまらないからデートっていうシチュエーションで行きましょう」

「デート!?」

なにそれ!?行く行く!行きます!思いも寄らない誘いに二つ返事をして屯所を出た。うん、出たまではいいんだけどさ。質素な着物の俺、片や主張が激しいハイビスカス柄の着物のほとりちゃん。はたから見たらキャバ嬢とその女に貢いでるドがつくほど地味な男じゃない?どう見てもカップルには見えないよ。地味の器が違う山崎退、正直言うと悲しいです。

「やっぱり男手があると助かりますね。ありがとうございます」

目当ての物を一通り買い終えた頃にほとりちゃんはにっこり笑ってお礼を言った。あ、キツイ化粧しててもやっぱ彼女は彼女だ。可愛い。つられて俺も笑う。

「ところでそんな柄の着物どこで買ったの…」

「デン・キホーテです。値段の割にはしっかりしてるんですよ」

荷物を手に、屯所の門を潜ると目つきの悪い人がこっちを凝視していた。う、うわ副長だ。タイミング悪い!そんでもってすごい形相で歩いてくる。うわあ、鬼がこっちに来るよお!

「山崎ぃ。てめえいい身分だな。ギャルを屯所に連れ込むとは」

「ちょちょ…ちょっと副長!誤解です!」

「土方さん、わたしです」

変な誤解を解こうと喚く俺の隣でほとりちゃんは動じず副長に声をかける。僅かな間があって、まじまじと顔を覗き込んでから目を丸くした。そういう反応になりますよね。わかります。

「……ほとり!?」

「みんな騙されすぎですよ。ま、派手にメイクすると気軽にトリップできていいんですけど。山崎さん、わたしこれから原田さんたちと市中見廻りに行ってきます。持ってる荷物、お願いしていいですか?」

両手いっぱいの荷物を持ったまま、副長の横を通り過ぎて振り返ったほとりちゃんは声色を変えた。タバコを咥える副長をちょっと睨んでいる。

「土方さん」

「なんだ」

「所構わず吸ってるとまたマヨネーズにタバコ入れますよ。控えてください。くさいんで」

「また謹慎食らいてえのか」

「いやだな、マヨネーズの部分は冗談ですよ」

「冗談に聞こえねえんだよお前のは!」

一度やらかしてるんだからな!と怒鳴るより早くほとりちゃんは駆けて行った。うわ、すごい逃げ足めっちゃ速い。秒速で事務室に駆け込んで僅かな時間で派手な着物から隊服へ着替えればいつもの彼女だ。仕事は真面目にするけど沖田さんと馬鹿みたいなことして謹慎を食らったりしてるのが不思議なんだよなあ…。

「ほとりちゃんはなんで真撰組に入ったんでしょうね」

「ああ、そういやお前は知らなかったな」

副長はタバコの灰を落としながらほとりちゃんの後ろ姿を見遣って言った。

「ほとりは近藤さんが拾ったんだよ」



攘夷浪士との会談が間近に迫る中、篠原と寒河江に近侍を申し付けようとしていだが、後者がなかなか捕まらない。今夜は会談をした後、明日は早朝から江戸城へ直行し長官と打ち合わせをし、夕方から秘密裏に高杉と顔合わせをする。その折、銃火器調達の資金を一部提供する必要がある。

「何回か説明してますけど、これは対象外です。いくら領収書があってもダメなものはダメなんですよ」

事務室に足を向けていると、丁寧に断りを入れている寒河江の声がした。隊士に何かを説明している。不満気に踵を返す隊士は手に持っていた紙を握り潰した。経費の件か。細々とした事務作業をこなす寒河江は、僕の存在に気がつくと表情を明るくさせた。

「伊東先生。お疲れ様です」

「急だが今夜、篠原とともに同行してくれ」

「わかりました」

事務的な会話のあと、寒河江は声を潜めた。

「伊東先生にお渡ししたい物があるのですが」

事務室に招き入れ茶封筒を差し出した。中身を確認すると、札束が入っている。額は正確にはわからないが厚みからしてそれなりだろう。出処のわからない金を渡す部下は、一体何を思っている?正座をしたまま佇まいを崩さない寒河江に問う。

「…これは?」

「ご入り用かと思い準備しました」

「どうやってこれだけの金を」

「不正経理で得ました」

耳を疑った。

「なに?」

「捜査費、出張費、交際費。諸々の支出があったように見せかけて裏金を作ってきました。まだありますので使うのでしたらお声がけください。微力ながらお力になれるかと」

杜撰ずさんな管理体制であるためできなくない、と寒河江は当たり前のように言う。存在は認知していたが、まさか自分の部下が進んでやるとは思ってもみなかった。しかも、その人物が寒河江となると驚きが勝る。指示をしたわけでもないのに、偽領収書を作成し他にも文書の偽造を行ったのだ。

「差し出がましい真似をして申し訳ありません。不要だったでしょうか」

「いや、驚いたよ。まさか真面目な君がそんな手口を企てるなんて」

僕と彼女の膝の間にある分厚い茶封筒。いつから事を企てていたかは知らないが、言いぶりからすると蓄えはまだあるらしい。僕のスケジュールを把握している寒河江だからこそこのタイミングで出せたのだろう。茶封筒を手に取った僕を見て、無用なことをするなと怒られるのではないかと思っていましたと前置きをして寒河江は言う。

「昔から悪知恵だけは回る方でした。こう見えて狡いんです、わたし」

いつも朗らかで笑顔を振りまく寒河江の表情が、このとき僅かにかげりを見せた。



大きなため息を吐いて近藤さんは唸った。

「トシの様子がおかしいんだ」

局長室に茶菓子を持って行った際のこと。近藤さんは小難しい顔をしていた。眉間に皺を作って腕を組んで悩んでいる。

「副長がアニメを見るようになり、会議に遅刻はする上に、尋問中の攘夷志士を逃したと…」

「仮にも鬼の副長と言われてるあのトシがだよ!?諸々あるけど特におかしいのは攘夷志士を逃しちゃった件!そんなヘマする!?」

「明日は雪が降るんでしょうか」

天気予報では明日は晴れだと伝えているが、もしや急変するのではないだろうか。うっかり洗濯物も干せないな。

「人生、何があるかわかりませんね。わたしも明日になったらアニオタになってたりして」

「何を呑気なこと言ってるんだほとり!これ一大事だから!」

「仕事があるから首輪をつけておけ、というわけにもいきませんよね?」

「トシを犬だと思ってるの!?」

はぁ、と再びため息を吐いて唸る。どうしようもない問題を前に頭を抱えるしかできない。

「既に局中法度をいくつも破っていてな、今日の会議でも伊東先生に指摘されるはずだ。あいつのことだ。必ず理由がある。話を聞かずに断罪するわけにはいかない」

近藤さんは懐が深く優しい。土方さんも沖田さんも、屯所のみんなもそういうところに救われているんだろう。かく言うわたしも救われた一人だ。

「最近どうだ、仕事の調子は」

管を巻いても仕方ないと近藤さんは話を変えた。定期的にこうやって声をかけてわたしの様子を窺ってくれる。

「毎日勉強ですよ。伊東先生の仕事は難しいことばかりですもん。自然と要求される内容はレベルが高くなります」

「そうだよな。頑迷だもんな、伊東先生」

「いや頑迷の使い方おかしいです。間違っても本人の前で言っちゃだめですよ。超失礼です」

データの不備は許されない。特に攘夷浪士に渡るデータは伊東先生の信頼にも関わる。完全なる不正ではあるが、責任が大きい。失敗も不備も許されない。

「辛いときこそ、我慢と挑戦のしどころですから」

「真面目!」

さすがほとり!と嬉しそうに笑う近藤さんは、伊東先生にわたしを“屯所の紅一点、真選組の事務仕事を一任される敏腕”と紹介した時と同じ顔を見せた。他人の功績を誇らしげに話す、自分のことのように喜んでいる心中が隠しきれていない表情。まったく、近藤さんは素直な人だ。

「無理はするんじゃないぞ」

そんな近藤さんは徐に、わたしを諭すように言った。

「…無理しているように見えますか?」

「よく残業しているだろう?夜遅くまで。それなのに毎朝早くから仕事をしている」

「それは近藤さんもでしょう」

参謀補佐の肩書が加わってから労働時間が増えたことを気にかけている。些細なものだ、そんなもの。

「わたしは年齢的にも無理ができるので。心配なのは近藤さんですよ。もう40近いんですから気をつけないと」

「俺はそんなに歳食ってないけど!?」

「あれ?そうでしたっけ?」

わたしの悪ふざけを笑って流してくれる近藤さんは優しい。局長という立場上、気を揉む出来事や解決しなければいけない問題に直面しているはずなのに、こうしてきちんと向き合ってくれる。わたしにはあまりにも勿体無い人物だ。

「息抜きにキャバクラもいいですけど、お酒もほどほどにしてくださいね」

殺す相手の健康状態を気にするなど、伊東先生が知ったら呆れるだろうか。


不正経理についてはふわっとした感じでお読みください。
20200616
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