霹靂
夜、明かりのついた部屋で黙々と作業を続けているほとりは一息ついた。手に持っているのは新たに作製に取りかかっている義手である。型取りした通りに削り出す慣れた作業にもかかわらず緊張して手が強張ってしまう。義手をつける人物を思うと心臓の奥が痛むような気がして再び息を吐いた。





かつての上司からもたらされた情報を受け止めるのにしばし時間を要した。土方から渡されたメモには患者に関する情報が簡潔に書かれていた。

『左上腕から下を切断、日常動作や作業のために能動義手の作製を希望する。』

「場所は医療刑務所……?」

どういった事情なのかと思案しているほとりが特に目を離せなくなったのは患者の名前である。

伊東鴨太郎

その文字の並びに目を疑った。何かの見間違えではないかと何度も見返した。

「いとう……」

同姓同名の別人ではないか。ならば土方がわざわざ報せに来るだろうか。否。土方は捻くれたことをやる人ではない。ここに書いてある伊東鴨太郎とはほとりの知る伊東鴨太郎で間違いないのである。

紙に書かれた内容を何度も読み返してようやくそこで腹に落ちた。

「……伊東先生」

思い焦がれてきた人物の名前を口にすると、複雑な気持ちが込み上げてきた。会いたくて仕方なかった人。二度と会えないと思っていた人。ようやく対面できるのだと思うと胸が躍った。しかしその反面、戸惑った。伊東の腕に見合う義手を作れるだろうか。そもそも、義手を作ることを了承してくれるのだろうか。それ以前に面会を許されるのだろうか、と。

これは仕事だ。既に上司と部下でない。彼と自分は、患者と装具士だ。自分に言い聞かせようとした。

「大丈夫。きっと、会って話せばきっと、なんとかなる」

複数の仕事を並行してこなしながらとうとうその日は来た。腹を決めたはずだったが、それでも会う直前になってまで雑念が次々と浮かんできた。「どの面を下げて会えばいいのか」とか「第一声はなんとすべきなのか」と。緊張でドアをノックする手が震えた。

「失礼します」

部屋の窓際にあるベッドに、件の人物はいた。

色素の薄い髪の毛。涼やかな目元。伊東鴨太郎が目の前にいる。胸が苦しくてほとりは自身の作務衣の裾を掴んだ。込み上げてくるものを堪えながら伊東を見つめていた。

――よかった。無事でよかった。

相対した時はしばらく言葉が出なかった。時が止まったような長い間のあとにようやく口を開いた。

「ご無沙汰しております。覚えておいでですか。寒河江です」

「……」

伊東はほとりの顔を見てひどく驚きはしたがそれ以外に反応らしい反応はなく、返事をすることも相槌もせずにいた。挙げ句、ほとりから目を逸らして見ようともしない。

「この度、先生の義手製作を担当することになりました」

「……」

「不明点や不安なことがあったら何でも聞いてください」

対面してほんの数秒だけ表情が揺らいだだけで、伊東はうんともすんとも言わない。あまりの素っ気なさにほとりはそれ以上、声をかけられなかった。抱いた歓喜はすぐさま消え失せた。

痛々しい傷跡が残る左腕に触れながら、伊東と対面する前に主治医と話したことを思い返した。

診察室として使用している質素な部屋に通されたほとりの前には無愛想な痩せた男が座っていた。相手が若い女であるのといいことにふんぞり返っている。

「義手を作ると決めたのはあなたということですか」

「そうだ」

主治医の独断で義手を作るのを決めたのだと聞いてほとりは戸惑った。そもそも本人が義手を作ることすら知らない可能性もあった。

「本人の意思は? 彼に装着の意思があるか確認しないんですか」

「お伺いを立てる必要などあるものか。奴は罪人だぞ」

主治医は冷たく吐き捨てるように言い返した。そして心臓の辺りを指差しながら言った。

「それに奴はここをやっちまってるからな。聞くだけ無駄だ」

腕の傷の予後が悪いから入院しているのではない。心の方に問題があるから療養している。それを知ったほとりは主治医の伊東への対応があまりに杜撰で腹が立った。誰が伊東を思いやってたのだろうか。誰か一人でも伊東の意思を尊重したのか。苛立ちを覚えながらも面には出さないでいられたもの最初だけだった。

「彼がここにいる理由はわかりました」

「そりゃ何よりだ」

「罪人以前に、彼は心身ともに治療が必要な人間です」

「知ったものか」

「あなたは彼の主治医でしょう」

「そうだが」

「ならば、患者に向き合ってヒアリングして治療を行うのがあなたの務めではないんですか」

静かに食ってかかるほとりの言い分を聞いて男は徐に机に手を伸ばす。壁に貼られている禁煙の張り紙を無視して堂々をタバコに火をつけた。

「入院してばかりの怠け者に情けなどかけてられん。若いアンタにはまだわからんだろうが情熱だけじゃどうにもならんこともある」

煙を吐き出して面倒くさそうに、且つ威圧的に言った。

「アンタはこっちの言う通りに作ってくれればいいんだ。口答えせずにな」

「……医者の風上にも置けない人ですね」

「俺だってあいつのこと治してやりてえよ? でもな、本人に治る気がなけりゃ救えるもんも救えねえ。むず痒いもんだよ。しかし仕事とはそういうもんだ」

己の怠慢を患者のせいにする態度を一貫した主治医とほとりの静かな口論は平行線のまま終わった。「治らないのは患者の努力不足だ。俺は精一杯やってる」そんな態度で対話などできるはずもなかった。

何故当事者の立場に立って考えようとしないのか、とほとりは掴みかかってやりたかった。自分の意に反して義手を作ろうとなどと勝手に話を進められては拒絶するに決まっている。実際に自分の体に義手や義足をつけるのを嫌がる患者もいる。故に意志確認をしなければならなかった。

ほとりは腹を決めて対面したが、伊東の対応は肩透かしにも近いものだった。義手を作る旨を話しても拒絶することはなく、それどころか全く非協力的、我関せずで勝手にしろとばかりの態度であった。型を取ったものの、それ以降は伊東と視線を合わすことも叶わずほとりはがっくりと肩を落としながら帰路についた。医療刑務所から自宅へ、どのようなルートを辿ったのか記憶にない。

せめて一言か二言くらいは会話できるものかと考えていたが甘すぎた。楽観視し過ぎていたのだと思い知らされた。今になってほとりは思う。拒絶より、まるでないもののように扱われるのが堪えるのだと。

「この腕、意味はあるのかな」

手にしているものを見下ろしながらほとりは呟いた。

伊東は義手を作ることなど望んでいないが伊東と会うには義手を作りに行く必要がある。義手は患者の体に合うように寸法を合わせ調節していかねば使い物にはならない。

「要らないものを作りに行くなんて」

左の肩口から腕はない体で六年間、伊東鴨太郎は生きてきた。

「不便だっただろうなあ」

――向き合えているのだろうか。体の一部を失ったことも、起こした謀反の結末にも、自身の現状にも。

ほとりは伊東が生きていることを糧に今日までやってこれた。だが伊東には拠り所があったのだろうか。伊東は真選組局長暗殺を企てた張本人である。真選組の誰かが伊東を見舞うことはない。親族が面会に来るだろうか。友人が訪れるだろうか。ほとりは伊東の家族に関する話も交友関係すらも知らないことに愕然とする。

「彼は一人で、ずっと」

犯した罪は償わねばならない。背負い、負わねばならない。しかしあまりに重すぎる。誰かが彼の隣にいてあげなければならない。ほとりはそう考えた。

事件後から今日までの伊東の胸中を思えば思うほど、自分の感情と装具士としての責務に板挟みになってほとりは手を止めた。このどうしようもない現状の中で、自分にできることが伊東の意思にそぐわない行動であることを恨んだ。椅子に座ったまま顔を覆い項垂れる。

「どうしてあの時」

真っ先に出てきたのは悔恨の言葉だ。暗殺を企てた時。企てに加担した時。人選を進言した時。局長を複数人で取り囲み刀を抜いた時。止めようとすればいつだってできた。思い留まるようにと伝えることも、まだ未遂であると咎めることもできた。

頭の中でぐるりぐるりと堂々巡りをする思考を振り払おうと顔を上げて再び台に向き合って工具を手に作業を再開した。迷って手を止めている時間はない。

「進むしかない。やるしかない。立ち止まったらそこで何もかも終わる。これはわたしに残されたたった一つの道だ。これを逃したらもう彼には絶対会うことはできない」

ほとりは型取りした義手を見て呟いた。

「伊東先生……」

どうにか、彼と話ができれば。いや、彼と話をしなければ。

「話が、したい」

そう声に出し、作業は夜半まで続いた。





ある日は事故で足を失くした男性からの強い願いで義足を作ることになりヒアリングと型取りをした。その翌日は歌舞伎町の刀鍛冶から義手の調子が良くないから確認して欲しいと連絡が入った。一人でなにもかもをこなそうとするとてんてこまいになって一日があっという間に過ぎていく。仕事に忙殺される日々が続いた。

だがどんなに忙しくても伊東のことが頭から離れなかった。心底疲れていても伊東のところへ行くのだと思うだけで神経が昂って目が冴えてしまう。二度目の診察の日も、陽が昇る頃には床から這い出て義手の調整に取り掛かった。体は泥のように寝てしまえるほど疲れているのに神経がそれをさせない。朝早くに家を出、何人かの患者を回診したのち、昼過ぎになってから重い荷物を背負ってほとりは伊東のもとを訪れた。

「伊東先生、こんにちは」

「……」

再度伊東と対面したほとりは気まずいまま作業を進めていた。やはり伊東はほとりをあまり見ようとしない。型を取るという見慣れない作業を横目で見たのもほんの一瞬で、すぐにそっぽを向いた。前回ほど堪えなかったものの、やはり心の奥底でじわりじわりと痛みが湧き上がるのを感じた。伊東とほとりの間には深く底が見えない溝だけでなく分厚く高い壁がそびえ立っている。

「君とは関わらない。やるなら勝手にしたまえ。僕には関係のないことだ」

職務に就いていたとき、冷たい物言いをされたことは一度としてなかった。しかし伊東の態度を表現するならまさにそれだ。一切関わりを持とうとしない。歩み寄ろうという意思もない。ただひたすらに無関心である表明だった。

「来週には腕への装着が可能になります。微調整を何度かするのでお手数をおかけしますがよろしくお願いします。不明点があれば聞いてください。関係ないことでも構いません」

そう言ったのは何でもいいから言葉が欲しいからだった。いっそ悪口でもいい。文句でもいい。この際、下手くそだと罵ってくれた方がまだ会話の糸口になる。それでも依然、伊東は無視を決め込んでいた。明るく振る舞おうと努めていたのが裏目に出たのか、ますます病室は白けた雰囲気になり居ても立っても居られずほとりは荷物をまとめた。

「では、また来週」

「……」

主治医がたまたま席を外していたのが幸いだったとほとりは項垂れながら病室を後にした。情熱ではなにも解決しないのだと嘲笑う様が目に浮かぶ。仕事への熱意を忘れて久しい人間にわかったような口をきかれたくはない。ほとりは口をへの字に曲げたまま歩いている。

話す以前に視線を合わせることすら叶わない。傷心というには自分勝手だと思ったが全く反応を示さないのは堪えた。伊東と話すにはどうすればいいのだろうか。聞きたいことはないかの問いかけには答えない。質問をしても無視をされるはずだ。一方的に身の上話をするのはどうだ。捲し立てるように喋り続ければ「うるさい」の一言くらい発してくれるかも知れない。

「……あれ?」

気がつけばほとりは歌舞伎町に足を伸ばしていた。物思いに耽っていた思考が一気に目覚めたのはここが真選組の取り締まり管轄区域だからである。見回りの時間帯となれば真選組の隊士たちがすぐそばを歩いていることも有り得る。

「しまった。隊士に会わないといいんだけど」

周囲を見回してそれらしい服装をしているグループがいないのを確認して胸を撫で下ろした矢先だった。

「……っ!!」

心臓が跳ねた。数メートル先に見覚えのある人物が立っている。

「お、沖田さん……」

しかもほとりの方をしっかり見据えている。完全に捉えられた。目が合っている。一瞬その場から逃げ出す選択肢が浮かんだが足が竦んで動かなかった。

――逃げられない。どうする。迂闊だった。なんで歌舞伎町に来たんだ。

自分の間抜けさに苛立ちつつ必死に言い訳を考えているといつの間にか目の前に沖田が立っていた。冷や汗がこめかみから一筋流れる。

「よう」

「ご、ご無沙汰してます、沖田さん……。すみません、すぐに出て行きますから」

地面から生えたように動かない足を引きずって後退りするほとりに近寄って沖田は囁いた。

「今日は非番だ。少し付き合えや」

「付き合えって、どこに……」

「腹が減っちまって。そこの茶屋で団子でもどうです」

「団子……」

非番だと言うだけあってよく見れば沖田は袴姿だった。そんなことにも気がつけないほど狼狽していたのかと息をついた。それに気を揉んだ上に沖田に出くわして一気に疲れたのか酷い空腹感に襲われたほとりは汗を拭って沖田の申し出を受けることにした。

「腕の調子はどうだい」

「……何ともないです。……まさか折った張本人に心配されるとは思ってもなかったな……」

「聞きやしたぜ。あちこちで腕やら足やら作って評判良いらしいじゃねえですか」

「沖田さん口から出まかせはやめてください。評判が良いはずないです。まだまだ未熟な駆け出し新米職人ですよ、わたしは」

「そうかぃ。しかし賞賛は素直に受け取っておくもんだぜ」

沖田の言うことの真偽の程が知れない。茶屋の店先の席に背中合わせに腰を下ろして二人して団子が運ばれてくるのを待っている。

「あいつに腕を作ってやるらしいじゃねえですか」

「どうしてそれを?」

「俺ァ地獄耳なんでね。屯所内の会話は全部筒抜けでさァ」

「そうでしたっけ……初耳です」

大方、近藤と土方が話しているのを小耳に挟んだのだろうとほとりは推測した。間もなく茶屋の看板娘が盆に団子と茶を持ってきた。玉露茶とほうじ茶、三食団子とみたらし団子がそれぞれ二人の近くに置かれた。しばし沈黙が流れた。

「なんでですか」

「何がでィ」

「目と腕だけで済ましたのはどうしてですか」

「……」

「局中法度第二十一条、敵と内通せし者これを罰する。これを破ったら切腹です。あなたはあの場でわたしを粛清できたはずです」

剣の腕は遠く沖田に及ばないのは周知の事実だ。窮鼠猫を噛むという言葉はあるが、追い詰められていたとはいえほとりが隊内随一の腕を誇る沖田に迫るとは考えられない。鬼気迫る気迫に気圧されて斬撃が浅くなった、など万に一つでもあり得ないのはほとりが一番よくわかっている。沖田には稽古で一太刀も入れられなかったのだ。

「命があること、五体満足であること。それは有難いと思っています。でも、沖田さんがわたしを生かしておく理由、あの時はなかったですよね」

「そうだなァ」

「……裏切った手前すごく言い難いですけど生きてたお陰で先生とまた会えました」

それでも見逃した理由がずっと心に引っかかっている。背後で茶を啜る音と団子を食べる気配がしてほとりも団子に手を伸ばす。三食団子の優しい味が口の中に広がった。よく考えたら朝から何も食べていなかった。団子が心底美味く感じた。

「目を片方潰されたのに五体満足って言えるんですかィ」

「はい。手足があるだけいいと思うようになりました。仕事もできますし」

峰打ちで折られた腕をほとりが撫でるのを沖田は横目で見た。

「絶対許せねえと思ったけどな。アンタ、恩があることを忘れちゃいなかった」

「恩?」

「近藤さんにも恩がある、って言ったろ。でもあの野郎には人生を変えてもらったとか言ってたな」

「ええ、そうでした。言いましたね」

「全く……なんでィ。どういう了見だ。近藤さんはアンタを拾ってくれたんだろうが。それ以上の恩をあの野郎に感じてるってのは意味がわからねえぜ」

「すみません」

「まぁ、恩とはまた違うものもあるんだろアンタには」

「……はい」

己の行動原理を言い当てられ戦慄したが、時間が経つにつれてほとりの中で伊東の位置付けや評価は変わっていった。理路整然として、淡々と仕事をこなする姿は目を引いた。剣の腕も確かで、憧れは好意になった。伊東は自身について語らなかった。だから推察するしかなかった。伊東の一挙手一投足、表情の動きや声色まで注意深く見ているうちに気がついたことがあった。

伊東は周囲の人間と必要以上に深く関わろうとする姿勢が乏しかったように見受けられた。その割にはどこか悲しそうで寂しそうで、どうやって人の輪の中に入ればいいのかわからなくて戸惑っているようにも感じられた。実を言うと、楽しそうに遊んでいる仲間たちを遠くから独りで立ち尽くして眺めている子供のように見えたことが何度かあった。

「どうしても放っておけなくて」

「ふうん」

「彼が望んで独りでいようとしていたとは思うんですが、ちょっと違うような気がして」

「だから気にかけて一緒に行動していた、と」

ほとりは静かに頷いた。

「そのせいで道を外したんだぜ」

「はい。全部引っくるめて背負って生きていきます」

今後の人生の指標を宣言するように力強くほとりは言った。その宣言は自分にだけ向けたのではない。覚悟を決めた声を聞いて沖田は振り返ってほとりの後ろ姿を見遣る。真っ直ぐに伸びた背筋。前だけを見据えているのだろう、と沖田は思った。

「そうかィ。食べないなら貰いますぜ」

「あっ」

ヒョイと三色団子を一本平らげて沖田は立ち上がりもう歩き出している。

「ごちそーさん。じゃああと頼みますぜ」

「え、わたしが払うんですか」

「出世払いってことにしてやらァ」

「使い方間違ってるし……どう考えても出世街道を行ってるのは沖田さんです」

立場的に逆ですよね、と苦笑いしていると数メートル先にいた沖田が不意に振り返ってほとりをしっかり見つめた。

「じゃあなほとり。頑張れよ」

掴みどころのない態度の沖田の真剣な顔つきに弾かれるように立ち上がってほとりは深く礼をした。顔を上げると沖田の姿は群衆に紛れてほとんど見えなくなっていた。ふと、盆の上に何かが置かれているのに気がついた。皿のそばにあったのは紙幣だ。二人分の代金を支払うにしては少し多めの額である。

「なんだ、あと頼むって、お勘定のことじゃなかったんだ……」

沖田の姿はもう見えない。歩いていった方にもう一度だけ頭を深く下げた。

「もしかしたら、先生のことを言ったのかな」

沖田は伊東を許すことはないだろう。その沖田の口から出た思いがけない激励。裏切り者に励ましの言葉をかけるのは妙に思えた。きっかけになってるのは近藤の存在ではないか。酒を飲む度に後悔していると小言を聞かされる、と土方が辟易したように言っていたのを思い出す。的外れな予想だとしてもそう思えて仕方なかった。

「ひと段落したら手紙の返事、書こうかな」

少しだけ光明が見えた気がした。ほとりは勘定を済ませて茶屋を後にした。問題は山積している。だが伊東との間にある底が見えない溝と分厚く高い壁を必ず越えてみせる。ほとりは決意した。

「よし、帰って作業しないと」

ほとりがそう呟いた矢先、何か重いものがぶつかってきた。その衝撃でよろめく。

「うわ、」

あまりの乱暴さに驚いてぶつかってきた張本人を見遣る。みすぼらしい着物をまとった、まだ幼さが残る少年が脇腹辺りに体当たりしていた。腹部に走る妙な熱さには覚えがある。六年前、沖田と相対したときに体感した痛みに似ている。そつ考えた次の瞬間には視界が反転していた。



20230328
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