土方にヘイトと殺意を向ける話
見廻り中の隊士から緊急出動の依頼が入った。
事務方に助けを求めるなんて何事だろうか。大事になる前に対処しなければ。
ほとりは事務仕事を切り上げて愛刀を手に現場へ急行した。
「原田さんお疲れさまです。土方さんもおつです」
「俺に対する挨拶が雑じゃねえか」
「よう、寒河江。悪いがちょっと手を貸してくれ」
「なんです?」
「迷子だとよ」
見廻りの最中に子供が迷子になっていると報せが入ったらしい。近場を巡回の最中だったのでパトカーで向かうと5歳くらいの子供と通りすがりと思しき初老の男性がいたそうだ。見ず知らずの老人に加え強面の男たちを見て更に怖くなったのか、抱き上げてあやすどころではなかった。泣き叫ぶ声に辟易していた土方と原田が白羽の矢を立てたのはほとりだった。子供の大声を出すのに疲れたのか、今はぐずぐずと鼻を啜りながら涙を零している。
「ありゃりゃ。これは困りましたね」
「怖がって名前も言わねえしどこから来たのかも答えねえ」
「見つけたじいさんもこの辺りじゃ見たことねえって言ってたしな」
「そりゃスキンヘッドとクソ目つき悪いニコチン中毒鬼に詰め寄られたら怯えますって。可哀想に」
「すげえ貶された」
「俺のはただの悪口じゃねえか?」
「僕、どこから来たの?」
ほとりの声に少し落ち着いたのか泣き止んだ子供を手慣れた様子で抱き上げた。それでも厳つい男に囲まれて未だべそべそに泣いていて問いには答えられない。
「よしよし、知らない人ばかりで怖いよねえ。大丈夫だよ、絶対お母さんに会えるからね。ちょっと辛抱してね」
ポンポンと背中を叩いてあやすほとりの隊服を掴んで離さない迷子は相変らず不安げに周りを見る。その様子を見て土方と原田は感嘆の声を漏らした。
「兄弟姉妹いたでしょうに。抱っことかしませんでした?」
「歳が近かったからなぁ。それに姉ちゃんが面倒みてたしよ」
「お前は慣れてるな」
「妹や弟たくさんいましたんで。子供の世話なら任せてくださいよ」
まずは聞き込みから始めよう。人気の多い商店街の方へ足を伸ばすが、背後でライターの音がして振り返る。煙のにおいに眉を吊り上げてほとりは叫んだ。
「ちょっと土方さん!子供の前なんだからタバコ厳禁!」
「はあ?別にそばにいるわけじゃねえんだから構わねえだろ」
「煙が漂ってくんだよ!くせえから今すぐ火ぃ消せマヨ野郎!」
「オイコラ誰がマヨ野郎だ!!」
「テメェ以外にいねえだろうが!!」
「ええ…寒河江、お前言葉遣いどうした」
仮にも上司である土方に対する言葉遣いとは思えない。原田はドン引きしつつも諌める。
「いつタバコ吸おうが俺の勝手だろうが!」
「自宅でなら文句は言わねえよ!職場でスパスパ吸いやがるから言うんだろうが!しかも子供の前だっつーの!吸うな!今すぐ消せ!」
激化する口論に腕の中で怯え始める子供をほとりの代わりに原田が抱き抱えた。上司と部下ではなく、まるで不良同士のような喧嘩ぶりに二人の周りに人だかりができているが土方とほとりは相変らず睨み合って動かない。
「なあ、親御さん探すの手伝って欲しいんだけど…」
「母ちゃんに会いたいよぅ…」
再び泣き出し始めた子供の親探しは意外にも一時間ほどで終わった。母親も必死に探し回っていたようだった。その間も隙あらば口論をしてばかりで実質母親探しを担ったのは原田一人だった。
「クリーニング出さないと匂い取れなさそうだな。マジ土方さん死んでくれ」
隊服はおろか髪の毛にまでついた煙の匂いが鼻について見廻りの最中ずっと機嫌が悪かった。無事再会した親子と別れたあとも事あるごとに愚痴を零し続けるほとりに土方が罵声を浴びせるが本人も負けていない。
「聞こえてんぞほとり!!黙れや!!」
「クリーニング代払ってくれたら黙ってやるよクソ副長!!」
啖呵を切り合う二人と一人の周りはモーゼが波を割るように人が避けていく。チンピラ警察に箔がつくばかりか印象が悪くなるのは想像に難くないが、土方もほとりも今はそんなことを気にかける余裕はない。
「鬼の副長にそこまではっきり言える胆力どこで身につけたのお前」
「武州の不良帯刀軍団と素手でやり合ってるうちに図太くなりましたし、返り討ちにしてたら自然とこうなりました」
「さすがにそれは嘘だろ?刀相手に素手では勝てねえよ」
言ったことの真偽のほどはわからなかったがほとりの腕っ節が強いのは確かだった。コンビニで店員にメンチを切るヤンキーに食ってかかったこともあったし、祭りで酒を浴びるように飲んで暴れ出したチンピラたちを隊士の増援が来る前に一人で制圧もといタコ殴りにしたこともあった。チンピラがチンピラを締め上げたと揶揄されたが被害が出ずに済んだ。
「あーあ、合法的に上司をブチ殺す方法ってないですかね?原田さん」
「物騒なこと聞くな。殺す時点で合法もクソもあるかよ」
前方を歩く上司の背を睨みつけながら「肺癌になってさっさと死なないかなぁ」とほとりは呟いた。
*
退勤後、ほとりはクリーニング店に駆け込んでお急ぎ仕上がりを頼んだが隊服が綺麗になるのは二日後だった。黒い隊服に身を包む隊士の中で白いワイシャツというのは目立つ。土方と口論したと話題に上がっている所為もあって仕事の合間にしょっちゅう声をかけられた。
「お、聞いたぞ寒河江。副長と喧嘩して隊服破られたんだって?」
「そうですよ!超迷惑!」
「いくら部下でも女に手を上げるのはダメだよなあ」
「ええ!そうでしょうとも!同意してくれる人がいて心強いです!」
土方に印象や評判が落ちるなら万々歳とばかりに間違いを正さず口から出任せを言ってやった。むしゃくしゃしてロクに仕事が進まない。肉体労働した方がいいかも知れない。ならば備品整理でもしようか、と思っていた矢先、ほとりは近藤から呼び出された。局長室に入ると既に土方が座しており、呼び出された原因をなんとなく察知し何食わぬ顔で下座に腰を下ろす。
「えー、今朝方、“真選組隊士が見廻り中に暴言を吐いていて怖かった。”って苦情が数件ほど入ったんだが、これお前たちだよな」
「ああ、それは土方さんが元凶です。わたし悪くないです」
「全部俺のせいにすんじゃねえよ。元はと言えばお前がいけねえんだろうが」
呼び出されたのは昨日の見廻り中の一件についてだ。案の定である。
「親御さんを見つけて無事帰すことができたのはよかったが、問題はその後だぞ二人とも。警官らしく振る舞えよ。人のために働いても普段の素行が悪いと不利益を被るだろ」
俺たちはただでさえ風当たり強いんだがら、と近藤は肩を落とす。
「市民のみなさんはわたし達にヤンキーが捨て猫を拾って育てるみたいなギャップを求めてるわけですよね。大丈夫です。前評判落としておけばおくほど好感度跳ね上がりますから。今後に期待しましょう。隊士の誰かが猫拾ってきますよ」
「いや飽くまで例え話だから。実際猫を拾って好感度上がるわけじゃないからね?」
「近藤さんよ、市民に諂ってへーこらしてたって治安を守れるわけじゃねえ。クレーマーに頭下げてちゃ示しがつかんだろう。そこは毅然とした態度で頼むぜ」
「苦情の原因である張本人が言う台詞じゃないよね?ねえトシ、ほとり。俺は反省して欲しくて呼び出したんだけど」
入った苦情について話を聞き出そうにも隣に座るコイツが悪いんです、と子供のような責任転嫁を繰り出すほとりと土方に近藤はひたすらツッコミを入れる。これでは埒が開かないと頭を抱える直前、局長室に凛とした声が響く。
「近藤さん、その苦情の件は元を正せば局中法度に原因があります。まあ法度を作ったのが土方さんの時点で問題大有りなのは目に見えてるんですけど」
「はあ?」
「考えていることは行動に出ます。己を律する規範である局中法度に欠陥があれば問題が起きるのも自然なことです。原因を省みず結果だけを見て罰して何になりましょうか。この問題、根本から正さねば解決には至りません」
キリリとした顔つきのほとりは挙手して発言をした。真選組の隊服を着ていないが伸びた背筋と整った横顔、張りのある声と堂々たる態度。その口から出てくる言葉はかなり信憑性があるように聞こえる。
「な、なるほど……?言われてみればそんな気がするな……?」
「近藤さんアンタ、ほとりの勢いに食われてるだろ」
毅然とした態度のほとりに近藤は気圧されて顎髭を撫でながらウンウン、と頷いてばかりいる。土方の小言には二人とも耳を貸さない。
「なのでわたくしから一つ提案させていただきたく存じます。局長、よろしいでしょうか」
「勿論だ!ささ、ズバッと一発で解決する策を言ってくれたまえ!」
「なんだこの仰々しい物言いは。近藤さん煽てられて乗っちまいやがった」
「局中法度に“屯所内にて喫煙した者は如何なる理由があろうとも問答無用で切腹”という項目を加えるべきだと進言いたします」
「あ?なんだそりゃ。それは俺にタバコ吸うなって言ってるようなもんだぞ」
二人の茶番じみたやりとりに飽き飽きしてタバコを咥えようとしていた土方が異を唱えた。ほとりはその言い分を聞き、即座に舐め腐った態度を取る。
「はあ?そうですけど?一から説明しないとわかりませんか?」
「この件と一体なんの関係がある」
「簡単に言うと”吸うなら死ね”ですよ。これならバカ副長でも理解できますよね?土方さんが死ねばこの苦情案件も一件落着です。やりましたね近藤さん」
「え、あ?いやちょっと待ってほとり。そんな乱暴な法度はよくないな」と反論する近藤の声を掻き消すように土方が叫ぶ。堪忍袋の緒が切れた。
「なんだとコラ!テメー既に謹慎5回食らってんだろ!ソッコーで切腹申し付ける法度作ってやろうか!」
「ええどうぞ!お好きにどうぞ!真選組の事務仕事なんかをやる人はいないだろうなあ!わたしの後任者、頑張って見つけてくださいねえ!そうそういませんよこんな敏腕!」
「ねえ!俺の前でそんな口喧嘩するの止めてくれないかな!ていうか君たち仮にも説教食らってたんだから少しはしおらしくしてよ!?」
近藤の制止も虚しく、土方とほとりは向かい合って刀の鯉口を切る。今すぐにでも斬り合いが始まりそうだ。険悪な仲になったのはいつからだったか。牙と殺意を剥き出しにして威嚇し合う犬のような二人を宥めるのにいっぱいいっぱいで、近藤は説教するどころではなくなってしまった。
20210212