沖田と一緒に馬鹿をする話
「俺は納得いかねえんですよほとり」

執務室で仕事を片付けていると沖田さんが寝っ転がりながら不満げな表情を貼り付けたまま言った。むすっと唇を尖らせて眉に皺を寄せている。

「少しでも自分の気に入らないことがあるとすぐ謹慎処分。人手不足で猫の手も借りたいってえのに仕事が増えるじゃねえか」

「前から思ってたんですけど土方さんは職権濫用してますよね」

先日のこと。自爆テロを目論む攘夷浪士が作戦を実行すると山崎さんから情報がもたらされて一番隊と二番隊が出動した。繁華街で市民を巻き込んでの凶行に走ろうとする浪士たちを見事捕縛。頻発していたテロを防いでお手柄だった。だというのに。

「俺が撃ったバズーカがちょーっと掠っただけだってのに土方さんてばお冠で」

「掠ったってなんですか。無傷じゃないですかそれ。攘夷浪士捕まえて謹慎って馬鹿なんですか死ぬんですか。いや土方さんは死んでいいかな」

「いやあひでえもんでさぁ。市民と街の平和を守ったってのに反省しろなんて一体どういう了見だい」

根に持った沖田さんは謹慎明け早々、土方さんに仕返しをしたいとわたしに相談してきた。わたしも土方さんのタバコの煙や匂いに心底うんざりしていたので話に乗ることにした。

「マヨタバコの何がいけなかったんでぃ」

「いや、何も悪くないです。土方さんは自分の好物に異物混入したくらいで大騒ぎしすぎなんですよ」

わたしたちの仕返しは土方さん専用マヨネーズにタバコをぶち込んでやっただけの非常にささやかなものだった。これくらい笑って見過ごせないで何が天下の真撰組副長だ。可愛い部下の茶目っ気あるちょっかいにマジで怒るはずがない。それに隊士の数が多いから、誰がやったかなんてわかるはずがない。

「なのに沖田さんとわたしがやったって速攻で特定してきて説教ですもん」

「あの野郎、二言目には謹慎って言いやがる」

真撰組は慢性的な人手不足だから一番隊隊長や唯一の事務方が一ヶ月も不在にしたら仕事に支障が出る。期間は大幅に縮小され謹慎は一日になった。

それただの休日では?と意味があるのか甚だ疑問だし実際意味はなかった。

「くそムカつくぜ土方の野郎」

「ま、一日で終わってよかったですよ。仮に一ヶ月謹慎食らったらシャレにならないです!……いやマジで…一ヶ月で溜まった仕事量考えると鬱になりそう…食らってないけど………労災おりるかな…」

たらればの想像で頭を抱えるわたしを見て沖田さんはグッと親指を立てた。

「ほとりが鬱になった暁には一緒に労基に駆け込んでやりますぜ」

持つべきは友ですね!というと沖田さんはにっこり笑って、土方の野郎と戦える仲間はほとりだけですぜと言った。

「仕返ししてえがうるせえしなあ。どうしたもんかねぇ」

「やりましょうよ、仕返し」

「…いやにノリがいいな」

一日の謹慎の間に書類はだいぶ溜まっていたけど、それよりも溜まった鬱憤を晴らさないと気が済まないし仕事も進まない。やられらたやり返せ。三倍返しなんて優しいもんじゃない。

仕事を放り投げて沖田さんに詰め寄った。

「だって土方さん言いましたよ。”二度と同じような真似すんじゃねえぞ”って」

「…つまり?」

「マヨタバコ以外なら何してもオッケーってことですよ。同じような真似しなけりゃいいんですもん」

わたしの指摘に沖田さんはハッとしたように目を見開いた。不満そうな顔つきがどんどん明るくなっていく。

「ほとり…お前…」

「言質取りましたから。思いっきりやりましょう」

拡大解釈なんのそのだ。土方さんに謹慎の仕返しができると思うと心が躍ってしまう。我ながら悪どい笑みを浮かべていると思う。

「さあて、何をしてやろうかね」

「食べ物を攻めるのはやめましょう。わたしタバコをココアシガレットに変えてぶち殺されるところだったので」

「そんなことしてたのかぃ」

朝から晩までタバコを吸うからうんざりしてたし、黄ばむ部屋の修繕についても思うところあったから全部差し替えてやった。

因みに本人の健康状態とかは割とどうでもいい。

「たまに庭で一服してんだよなぁ、あのニコチン野郎」

「そういえば…。なんか考え事してるときとかはいつもですね。じゃあ副長室の前の庭に穴掘るのはどうでしょう」

「おっ定番だがいいじゃねえか。まさか自分の部屋の前に穴があるとは思わねえはすだ」

「タバコ吸って一息ついてるところでズボン!と落ちてもらいます。滑稽なところ見て笑ってやりましょうよ!」

言うが早いかわたしと沖田さんは立ち上がった。

「土方さんは終日外回りなので屯所には戻ってきません。やるなら今日です」

「思い立ったが吉日ってやつだな」

うへへへ、と二人して気色悪い笑いをしながら執務室を出て掘削機とシャベルなど諸々の道具をかき集めて副長室前に向かった。

「ここら辺にしときます?」

「いや、そこじゃなくてもうちょい奥だ。いつもその辺で立ち止まるし周りに掴まれるものがない方がいい」

「なるほど!それなら確実に落ちますもんね」

さすが沖田さん、土方さんの習性を隅々まで把握してる。土方死ね〜、土方落ちろ〜と変な歌を歌いながらテンポよく土を掘り返していく。庭の奥に膝の辺りまで穴を掘った時、山崎さんが通りかかった。ギョッとしている。

「うっわ!沖田隊長とほとりちゃん何やってんですか!?」

「何って見りゃわかるだろーが。穴掘ってんだよ」

「山崎さんいいところに!手伝ってください!」

「い、いやなんで穴掘ってんの…?ていうか仕事は?」

至極真っ当な指摘を受けてわたしと沖田さんは顔を見合わせた。

「仕事より大事なことってありますよね、沖田さん」

「そうだなぁ。おい山崎。これは俺とほとりの奪われたものを取り戻す、己の矜持を賭けた闘いってやつだ」

「…何を奪われたの…?というか二人の矜持と副長室とどんな関係が…?」

「…………」

「…………」

「オイィイ!二人して顔を逸らすな!カッコいい言葉で誤魔化そうとしたって引っかからないからな!謹慎の仕返しだろ!」

伊達に監察方の職に就いてないですね。まぁバレたところで止めるつもりは毛頭ないんですけど。足元の穴を見る。正直いうと進捗状態は微妙なのでもう少しペースを上げたいところだ。置いてあったシャベルを渡すと、山崎さんは呆けて目を瞬かせた。

「山崎さん、はいこれ。三人いれば捗ります。特大の穴にしてやりましょ!」

「俺を頭数に入れないで!?嫌だああ!これ見ちゃったら止めないと俺が土方さんに絞められるじゃんか!」

「毒を食らわば皿までですよ。見ちゃったもんは仕方ないってことで手伝ってください」

給料や待遇の心配より身の危険を一番に気にする辺り、よほど酷い目にあってるんだなぁ。ミントン以外を理由に制裁加えられるのよく見るもんね。

「山崎さんだって少なからず不満はあるはずですよ。割とブラックだもん、真選組。そこら辺の異議申し立てはしないとですよ。ね」

「ね、じゃないーー!!」

「わたしたちは謹慎の、山崎さんは日々のパワハラの仕返しでいいじゃないですか」

「よくないね!!??」

穴を掘り続けるわたしと沖田さんの横で山崎さんはもんどりうって頭を抱えている。阻止しないといけないわけじゃないのに真面目だなぁ。

そうこうしてるうちに穴の深さは目測で1.5メートルくらいになっていた。山崎さんはその深さを見て戦慄している。

「なんか物足りねえなあ」

「はぁ!?何言ってんですかこんだけ深い穴掘りゃ十分でしょ!」

「奇遇ですね沖田さん。もう少しパンチが欲しいと思ってました。今風にしたいです」

「ほとりちゃんまで馬鹿言わないで!?奇遇ですねじゃないから!なんだよ今風って!落とし穴にトレンドでもあるのかよ!」

いやいや深さだけじゃ足りないわけですよ。ドッキリじゃないんだから落ちるだけじゃ面白くない。他に何かいい案はないかと頭を捻っている間に、何故か槍をたくさん持ってきた沖田さんを見て山崎さんの顔に青筋が立つ。

「致命傷にならなくても死ねるように錆びた槍にしといたぜ」

「じゃあ他のやつは犬のフンでも擦り付けておきますかね」

「破傷風!破傷風になる!それやばいやつだから!アンタらそこらの攘夷浪士よりタチの悪いことしようとしてるから!なんなの!何が君たちをそこまで駆り立てるの!?」

「日頃の恨み」

「タバコの恨み」

謹慎はきっかけに過ぎないんだよなぁ、なんて沖田さんは穴の底に槍を刺しながら笑っている。超弩級のサディスティックな笑みだ。鈍い色の刃先がギラリと光った。

「ほとりは特に土方のタバコが気に食わないみてえだな」

「そりゃあもう!わたしタバコだめなんで!だめなものを目の前でスパスパ吸われたらね!溜まりますよ!ヘイトが!殺意が!!」

「一言一句が重いね」

副流煙の心配とかあるもんね、と山崎さんは頷いた。タバコに関しては思う節があるみたいで共感してくれた。

「蓄積だよ蓄積。塵も積もればなんとやらだぜ。土方の野郎、楽には殺さねえぜ。なあ?ほとり」

「はい。死の間際までとことん苦しみ抜いてもらいます」

「うわああああ!!お願いだから誰がこの二人を止めてえええ!!仕返しが殺人計画になってる!!」

止まるわけないじゃないですか。泣き叫ぶ山崎さんの隣でわたしと沖田さんは陽気に笑いながら落とし穴を完成させた。

「明日は土方さんの命日になるのかぁ。寂しいなぁ悲しいなぁ。あははは!」

「ほとりちゃん言ってることと感情がごっちゃになってるから!!」



翌日。朝から沖田さんが執務室に転がり込んで暇を持て余している。見廻りなどの仕事は全部すっぽかす沖田さんに倣い、わたしも書類の整理や作成などの仕事を放置して寝っ転がる。

「引っ掛からねえなぁ」

「そうですねぇ。でもよく考えたら今日落ちてくれるとは限らないですよね。忙しくて一服する暇もないって可能性あるし」

「げっ。あり得る話だなそれ」

謹慎の仕返しと穴に落ちた無様な姿を笑うのと、ワンチャン怪我した土方さんが弱って死ぬのを看取るのが目的なのでできればきちんと見届けたい。

穴に落ちるタイミングなど神のみぞ知るという感じで、わたしたちは途方に暮れた。毎日こうしてサボっていてはさすがによろしくない。

「無理矢理穴に落とす算段、考えときます?」

「いやあ、ちっと難しいかも知れねえですね。ここぞというところで勘が働くからなぁ土方さん」

「ですよねえ…」

いい天気だ。スズメの鳴き声が遠くで聞こえてのどかな雰囲気だしこのまま昼寝キメるのも悪くないかな…。なんて呑気に考えてたら状況が変わった。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」

「この耳障りな悲鳴は土方さん…!?」

「ようやくかかりやがった!」

耳をつんざくような野太い声が聞こえてきてわたしたちは飛び起きた。そのまま執務室から副長室まで走っていったら、落ちきる直前で手足を伸ばしてどうにか踏ん張ってる土方さんの姿が見えた。ちょっと突いたらそのまま落ちそう。いけ、そのまま落ちろ。

「なんで穴がぁああ!?お、落ちるぅうう!!ていうか槍が刺さるぅう!!」

「大成功ですよ沖田さん。やりましたね」

「おうよ昨日頑張った甲斐があったな。しかし見苦しく足掻くもんだなぁ」

しばらくは助けを呼ぶ声がしてたけど最後に上げた断末魔もすぐ掠れて聞こえなくなった。あ、死んだかな?

「葬式の準備しねぇとなあ」

「え?穴にコンクリート流し込んで証拠隠滅しないんですか?」

「そしたら山崎も殺さねえと隠滅にはならねぇですぜ」

「あ、なるほど…それは困りますね」

串刺しになった死体が棺桶に入るのかぁ。そう思うとなかなかグロテスクだな。司法解剖とかされちゃうのかな。悲しいかな警察に属する一員だというのに、その辺りの流れは知らなかった。なんて考えてたらニュッと腕が出てきて穴の縁にしがみついた。

「は、はぁあああ……!!ちくしょう、誰だァア…!!こんなところに穴掘りやがったのは…!」

必死の形相でよじ登ってきた土方さんは地面に寝転がっている。ああ、隊服が泥だらけだ。ヒィヒィと肩で息をしつつ疲労困憊の様子だけど痛がる素振りはないので恐らく無傷だ。

「あれま這い出てきやがった」

「横幅がちょっと足りなかったんでしょうか。副長の身体能力をナメてました。今度やるときは直径2メートルくらい確保しないとダメですね」

「そうだな。手で掘るのも限度があるからショベルカーの免許を山崎にでも取らせますかね」

「てめえらかぁ〜…!!」

悲鳴を聞いて駆けつけたわたしたちが助けるわけでもなく、突っ立っているだけだったので察しがついたらしい。そりゃバレるか。こんなお遊び考えるのは真選組内でも沖田さんくらいだろうし、それに乗っかるのはわたししかいない。

というか、ここに来なくてもバレてただろうな。

「懲りねえ奴らだな!!何回処分受けりゃ気が済むんだよ!!そんなに謹慎が好きか!!」

「いやいや、元はと言えば土方さんが悪いんでさぁ」

「テロを防いだのに罰を受けるのは不当です。士気の低下に繋がりますよ」

「謹慎できるもんならやってみろってんだ〜」

「そうだそうだ〜」

欠員が出て最終的に困るのはテメェだ土方〜だの、事務手続き遅れて上からどやされるのはアンタだぞ馬鹿副長〜だの舐め腐った態度をとっていたら土方さんはフ、と笑った。

「大目に見てやってたんだがなぁ?そうかテメェらには気を遣う必要なんざなかったな……」

そう言うなり刀を握り仁王立ちになる土方さんはいつもと違った。

泣く子も黙る鬼の副長。

そう呼ばれるに相応しい、いやそれ以上の気迫と睨んだだけで人を殺しかねないような殺意を放ってわたしたちを見ている。鯉口を切った小気味良い音がした。

「…あ、もしかしなくてもコレやばいですね」

「このままだと今日が俺たちの命日になっちまう」

命の危険を察知した沖田さんとわたしは全力でその場から逃げ出した。真剣を容赦なく振り回す土方さんとわたしたちの追いかけっこは夕方まで続いた。


20201122
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