数瞬の出合い
少しばかり雲行きが芳しくない空の下を燎は黙々と歩いていた。黒羽に辿り着いて足を向けたのは市場で、賑わうそこで見慣れた姿を見つけた。小さな背中に声をかけると、人の良さそうな顔が燎を見上げた。

「こんにちは吾平さん」

「ああ燎さん、久しぶりですのお」

「どうです、調子は」

「てんでダメじゃ」

籠の中には畑で採れたと思しき野菜がいくつか入っている。吾平の顔色と籠の中を見比べてさっきの質問はよくなかったなと反省しながら隣に腰を下ろした。手持ちの食料もあまり多くない。住まいに戻るまであと三日ほどはかかりそうである。燎は懐を探りながら籠の中を指差す。

「干し柿、いくつか頂いても?」

銭を渡すと吾平の顔色は明るくなった。薬箱を背負ったまま、竹筒に入った水を飲みながら黒羽から住まいへの道程を思い描いていると、吾平が耳打ちをしてきた。

「燎さん、異人の話は聞いたことあるかい?」

「異人?」

「ああ、みーんな話しとる。なんでも領主が明国の者を――金色の髪の者もいるようでな、鬼のような風貌をしとるらしいんじゃ――そいつらに命じて何かを探し回っとるっちゅうんだよ」

「要領を得ないな……。一体何を探してるんです」

「人だが薬だかと言っとったかの。そういや、その箱の中に入っとる薬に値打ちものが混じってたりせんかね」

「そんな高価なものはありませんよ。ここに入ってるのは、領主様ならすぐに手に入るようなものばかりでしょうよ」

吾平が口にしたのは根も葉もない噂だ。燎は黒羽に来る前、いくつかの町を通ったがそこでも同じような噂を耳にしていた。多少の差異はあれどもどこで聞いても領主、探し物、明国の者あるいは異人、という言葉が入っている。出所はどこだろうか。口から口へ伝わると尾鰭がついて話が一人歩きするのはよくある。

探すのであれば明国の者の力を頼らずともいいのでは、と考えたが燎はふと思いついた。人であれ薬であれ、何を探しているのは知らないが。

「領主様ではなく、明国の者が探しているのか……?」

その時、ざわり、と人集りがにわかに騒がしくなった。弾かれたように吾平と燎は顔を上げてそちらの方を見遣る。領主の遣いを引き連れて、見慣れない格好をした者たちが馬に跨ってこちらに向かってくる。

「おや。噂をすればなんとやら」

「あわわ……」

遣いの男が一人、異国の装いの者が二人、それぞれ馬に跨り道を闊歩している。件の男はすぐに目星がついた。見慣れない形の笠の下には、金色の髪が見える。周りにいる町人たちは、異装の者たちの中でも特にその男の物珍しさと奇妙さに驚き声を漏らす。隣にいた吾平が燎の袖を引っ張った。へっぴり腰になりつつも辛うじて立っている。

「ほれぇ、燎さん、言った通りじゃろ。金色の髪の毛をしとる」

こっそり指をさす先には男がいた。城に住まう者たちの召している着物の紋様の中にある、目が覚めるような金色だ。絢爛さすらあるではないか。燎はその色合いを見てううむ、と唸る。

「なるほど。彼は南蛮の者ではないようですね。彼の後ろにいる少年と同郷とは思えない」

「そんなこと言うとる場合かね」と吾平は小さい体を更に縮こませて燎の後ろに隠れている。大きく鍛えられた体。腰に差した剣。ただならぬ気配を身に纏っているように感じる。男の特徴を詳らかに捉えようと見ていた燎の瞳と、男の碧い瞳がかち合った。澄んだ空の色が瞳の中に広がっている。色こそ美しかったが、どこか殺気立っているような、ギラリと光るものがあるように見えた。何かに飢え、何かを探している。

この男は強者だ。

たまたま視線が合ったのではない。意図して見つめているのをわかっていながら男は燎を注視する。無作法ともとれる視線を投げつける燎を一瞥したのもほんの僅かな間で、男は特段、気に留める様子もなく顔を逸らしてそのまま去っていった。

「ひえ、こっちを見ておった……くわばらくわばら」

「そんなにおっかなかったですか」

「当たり前じゃろ」

軽口を叩いている最中、燎は首筋にひやりとした気配を感じた。笠の下で煌々と光っていた男の目が、まだこちらを見ている。そんな気がして振り返ったが、見えたのは男の背中だけだった。

「気のせいだったか」

海の向こうに住まう人々は皆、ああも鮮やかな髪や瞳の色をしているのだろうか。馬に揺られている男の大きな背中を見遣った。

「それじゃあ吾平さん。またいずれ」

「もう行くのかい」

「ええ。まだ足を伸ばさねばいけないところがあるので」

辞して歩き出した燎は辺りの様子に気を配る。落ち着きを取り戻してはいるものの、つい先ほど見たばかりの異国の者たちの話題を口にしている。

「……赤鬼」

燎は不意に旧友の姿を思い出した。

優しく綺麗な髪の色をしていたあいつは今頃どこでどう暮らしているんだろうか。





海を超えた先にあった国の民たちはみな一様に、羅狼の髪や目の色を見るなり慄き奇異の目を向けた。姿形が自分たちと異なる。それを理由に視線を向けてくる。それは赤池の領主が暮らす城でも町々でも、ここ黒羽という町でも同じだった。どこか冷ややかに見る者。興味深そうに見る者。恐れ慄く者。商いの手を止め、歩みを止めて、皆が皆こちらを見ている。

羅狼は違和感を覚えた。そんな群衆の中にいて、怖れも怯えもしないで、あるがままの形を捉えようとするかのように羅狼を見ている女がいた。髪を後ろで一つに結え、木で作られた箱を背負って身の丈ほどの杖のようなものを持っていた。恐らく行商の女だろうと羅狼は判断した。その女は瞬きすらしない。真っ直ぐに投げかける視線に混じって鋭い気配を感じた。

ただの女ではない。

そう思うと同時に羅狼は瞬時に悟る。ただの女ではないだけだ。それ以上のものはない。

「どうなされました、羅狼様」

「なんでもない」

群衆の一点を見つめたままでいる羅狼を不思議に思い、風午が声をかける。今は金亥を殺したであろう手練れへの興味が勝った。自分を凝視していた女への興味など、それに比べればそこまで大きいものではない。取るに足らないものだと、羅狼は女のことをすぐに忘れてしまった。

燎は髪の毛の色が印象的だから覚えてるけど、羅狼の方はどっかで再会してようやく「あの時の……」って思い出しそう。(唐突の生存if)



20230523
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