同じ時を共に
※本編後
※移転前サイトの拍手お礼文を加筆修正

蝉のつんざくような大合唱も控えめになった夜。ろうそくの灯を頼りに黙々と手拭いを縫っていると床の軋む音がした。仔太郎は既に寝ているから、姿を確認するより音の主は想像に容易い。

「燎、もう寝たらどうだ」

暗がりから聞こえた声は呆れ半分だった。やれやれ、と肩を竦めながら私を見ているんだろう。眉間に寄った皺を想像しながら返事をする。

「もう終わる」

「そう言っていつまでもやってるだろ」

ボヤきながら畳を歩く。足裏と畳の擦れる音がやけに大きく聞こえた。手にしていた布と針を優しく取り上げた赤鬼に「今日は止めにしろ」と諭されてしまっては仕方ない。凝り固まった肩を回しながら後をついて、鬱陶しい羽音から解放されるべく部屋に設けられた蚊帳に逃げ込む。枕から頭を落として寝息を立てる仔太郎の両隣に寝転がれば立派な川の字だ。

「ああいうのは昼間にやればいい。畑は俺と仔太郎がやる」

「三人でやれば早く終わるだろう」

「分担すりゃこんな遅くまで起きてなくていい」

「……」

正論に思わず黙り込む。

「燎はなんでも一人でやり過ぎる。仔太郎も言ってたぞ」

「癖だ。こうして何年もやってきたんだから。しかし仔太郎に指摘されるのはいただけないな…」

「だろう?」

子供の観察眼は鋭く想像以上に聡い。そして思ったことを口にすぐ出す。わたしが長年一人で生きてくる過程で身につけてしまった癖をあっさりと言い当てる。子供だからと侮ってはいけないのだ。

「今更、人に頼るというものこそばゆくて困るな」

「肩の力を抜けばいいだろうに」

そこで会話は途切れた。ゆったりと、粘度の高い柔らかい水に包まれて眠りに誘われる直前。蝉の鳴き声、仔太郎が寝返りうった音、庭にいる飛丸が不意に起き上がって体を震わす気配。それらに阻まれて途端に目を覚ます。体を包もうとしていた気配が霧散して消えてしまう。

「寝れないのか?」

「動く気配がすると、つい目が冴える」

天井を見上げたまま張りのない声で返事をする。

「赤鬼。そういうお前も寝れないようだな」

「俺のも癖だ」

眠気を孕んだ声がした。お前も眠いんだな。鼻から抜ける間抜けな音と言葉になりきらない仔太郎の寝言。そしてまた寝返り。寝ているのにこうも活発なんだな。微かに輪郭が浮かび上がる薄闇の中、布団の上を動き回る仔太郎を横目に赤鬼と顔を見合わせ笑ってそのまま緩やかに眠りに就いた。

「久方ぶりによく寝たな…」

翌朝、夜明けとともに一人でに覚醒する頭につられて体を起こす。不思議と体が軽かった。

「たまには朝寝坊も悪くない」

「仔太郎はまだ布団から出てこないがな」

寝る子は育つ。二年もしたら赤鬼の背丈を超すんじゃないのか、なんて軽口を叩いて笑い合う。

「さて。陽の昇らないうちに畑仕事から片付けようか」

「だから、肩の力を抜けと言うのに」

寝る前に言ったことを忘れたのか、という赤鬼のひとり言に心の中で答える。すまないな。わたしは些か頑固なんだ。長い目で見てくれ。

「そのうちな。もうしばらくは一緒でもいいだろう?」

隣に居させてくれないかな。本音は腹の内にしまったままわたしは笑って誤魔化した。

20200612
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