ある家族のはじまり
※本編後

紅葉の濃くなる時期というのは色々思い出される。

「仔太郎、裏に行ってくる。すぐ戻るからよろしくな」

「わかった。燎!まかせとけ!」

畑で芋を掘り出している仔太郎の小さな背中に向かってしばし家を空ける旨を報告すれば、威勢のいい返事が聞こえる。それにつられて隣で土を掘り返している飛丸も吠えた。以前ではありえなかったことだ。前の冬、凍てつく静かに雪が降る朝にこいつらと出会った。

旧友の赤鬼が傷だらけの血塗れで倒れているそばにいて、泣きながら助けを求めてきた。その怪我人もすっかり良くなって家業の手伝いもしてくれる。無論、私も彼の本当の名を知らない。彼も、己の名前など知らないと云う。

「…なあ、仔太郎。赤鬼を知らないか」

「そういやさっきから姿が見えねえ。さては怠けてやがるな」

頬を泥だらけにし、尻餅をつきながら悪戦苦闘しつつ芋を採り仔太郎は文句をたれる。

「寒くなると傷が疼くからなあ。一年も経たないんじゃ今年は少し痛いかもな」

そう文句たれるな。赤鬼のお陰でお前は生きてるんだろう。なんて口にはしないで家の裏手、小さな丘に登る。

「仕官し始めたのもこの頃だったかなあ」

虎杖いたどり様のもとへ仕官することを、父は最後まで納得はしていなかった。頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。本来であれば、父がお仕えするのが通例だ。だが父の足は思ったより芳しくない故に叶わなかった。

消去法でいけば兄たちのうち、誰かが仕官するのが筋だが、生憎四人いた兄たちはみな戦か病で既にいなかった。否応なく、選択の余地などなく、私が仕官することとなった。

「虎杖様をはじめ場内の者は皆よくして下さったし、赤鬼とも会えた。痛い思いも怖い出来事もままあったが、長いようで短かったなあ」

仕官から帰ってきた私を見て、父は心底安心したように笑って出迎えてくれた。今にも泣きそうになりながらも、涙を堪えて顔を歪めて「よく戻ってきた」と肩を叩いてくれた。母を、次いで兄たちもみな亡くしてしまってお前まで失ったらどうしようとばかり考えていたと、久方ぶりに顔を見た父は言っていた。俺を一人にしてくれるな、と。戻ってきてくれて本当に良かった、と。そして父はおいおい泣いた。ともに暮らしてきて、初めて見る顔だった。

「足は相変わらずよくなかったのに、最後はよく歩いたよ、父さん」

以前の、生業としていた薬の行商を再開して半年も経たぬ間に父は死んでしまった。私の帰りを待っていたかのようだった。俺を一人にするなと泣いた父は、私一人を遺してみなと同じ場所へ行ってしまった。紅葉の深まる頃、ちょうどこの季節だ。朝早く布団の中で眠るように、それは穏やかに。

幸せだったと、思っていいんだろうか。最後に残ったのがこんな娘で良かったんだろうか。私に見送られて、父はそれで満足だったんだろうか。父が死んでから私は長いこと一人だった。父は、家の裏手の小高い丘の上に眠っている。ここは眺めがいい。足を悪くしてからなかなか登ることもままならなかった丘の上に。質素な墓だ。花を供えることでここに人が眠っていることを示す。そして偲ぶ。いつのもように、毎月欠かさず変わらず続けてきたように花を供えようとしたが、既に在った。

「花が…」

いつの間に供えられていたんだろうか。そして同時に誰が、と考えた。が、主は想像できた。私が毎月ここに来ることを知っているやつがいるじゃないか。

「水くさいやつだ」

墓周りの手入れを済ませて丘を下ると、畑の真ん中で赤鬼が淀みなく手を動かしていた。散々ぱら仔太郎に文句を言われ耳にタコが出来るほど喚かれたのか、やれやれと肩を竦め畑仕事に戻る姿が想像できる。そのまま黙々と今までこなしてくれていたんだろう。

「お前の分の芋はないぞ、とでも言われたか」

「燎の分はおいらがしっかり確保した、だと」

「ははは、しっかり者だ」

立ち上がった赤鬼は腰をぐっと反らして息をつく。そうそう、畑仕事は腰に響く。そんなことですら共に暮らす者がいるとどこか楽しい。

「薪、粗方やっておいた」

「ありがとう。助かるよ」

「しかし、納屋の隣の畑はなんだ。土の中に小石はあるし土は痩せてるし、酷い有様だったぞ」

「長いこと使ってなくてな。二人が来てくれたから手入れが行き届きそうだ。仔太郎に頼めるかな。石を取って、腐葉土なり牛糞をまこう。あてはある」

「今からじゃ間に合わんぞ」

「それなら来年に向けて土を作るさ」

夏の間に編んだ大振りのざるに入った芋は良い色をしていた。濃く明るい艶のある紫色、適度に太く表面の窪みが浅めのものが多い。

「いくつか芋を焼こうか。甘いかも」

「それなら仔太郎が喜ぶ」

「なあ、赤鬼」

「ん、なんだ」

家の中でくつろいでいるだろう仔太郎を呼びに行こうかと鍬を持つ赤鬼の肩に手を添えた。

「赤鬼、父に花を手向けてくれたな」

一瞬、間があった。見上げると、少しバツが悪そうに畑の向こう側を見遣ってそのまま顔を背けた。なんでわかったともとれるような声色で詫びるのだ。手に触れた肩がやや居心地悪そうに身を引いた。

「勝手なことをした」

「なに、私以外にあれを知るのはお前だけだからな。それに、父もきっと喜んでいると思うよ」

この家に、また人が集まっているんだから。だだっ広い家に一人で住む心細さは身に沁みている。私も、兄たちを見送り私を仕官させねばならなかった父も。凍てつく寒さも噎せ返る暑さも、移ろう四季の中をただ一人で過ごす。その孤独は大きすぎる。

「他人の集まりであったとしても、家族のような…いや、そのものだ」

私はそう思いたい。そう言うと、「俺はそういうものを知らんからな」と赤鬼は頭を掻いてまた居心地悪そうに目を逸らした。

「そんな顔をするな。家族さ」

「燎」

「他人が寄り合えば、それっぽくなるもんさ」

「…そういうものか」

「そうさ」

「知らなくてもか」

「いいんだよ、これから知れば」

なんでも遅過ぎるなんてことはないんだ。仔太郎と飛丸を呼ぼうか。芋も焼いて、昼飯を食べよう。二人と1匹と、ささやかに毎日を過ごせれば私はそれで構わないと思っている。多くは望まない。ただ、彼らも私と同じ気持ちでいてくれたら、と願いたい。

20161218
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