真白い夜
ふと意識が覚醒する。
まだ明け方前だ。風の吹く音すらしない、静寂が漂うような空気があった。視線を横にやると、布団の中で仔太郎が飛丸の背中にしがみつくような姿勢で深く寝入ってるのが見えた。飛丸も長年の友の体温をそばに感じながら優しい顔つきで寝ている。
そろりと布団から抜け出し小袖を羽織り部屋を出て襖を閉める。
土間の扉を少しだけ開けてその様子を見る。夜中のうちに降り始めたらしく、周囲はうっすら白くなっている。辺りは無音でひどく静かだ。しんしんと雪が降る。
(赤鬼と再会する少し前もこんな風に降ってたな)
ぼんやりと燎は考えた。吐く息は白い。際限なく降る雪を眺める。
(予断を許さない状態だったのによく快復したものだ)
数多の刀傷と失血による低体温。意識も戻らずこんこんと眠り続けて四日後、辛うじて目を覚ました、と当時を思い返していると気配がした。振り返ると名無しが立っている。底冷えする寒さにもかかわらず、外を眺めている燎を不思議そうに見ている。
「どうかしたか」
「すまない赤鬼。起こしたか」
「寝れないのか」
起こしてしまったかという問いに名無しは答えない。三人と一匹が川の字のように寝ていればさすがに気がつくか、と燎は思った。下駄を履いた名無しの足音がすぐそばで止まった。
「やけに静かで目が覚めた。見てみろ」
「……積もるな」
「ああ」
名無しは外をちらりと見て、骨の芯まで凍える寒さに辟易してすぐさま扉を閉めた。
「しかし冷えるな」
「そうだな。足が氷みたいになってしまった」
「い……っ!」
燎の爪先が名無しのふくらはぎに押し付けられる。あまりの冷たさに悲鳴をあげそうになった名無しは燎の手を握る。こちらもすっかり冷え切っていた。
「お前いつからここにいた」
「いつからって……ほんの僅かな間だけだよ」
「戻るぞ」
「あ、おい」
名無しはひょいと燎を抱え、履いていた下駄と燎の草履を無造作に土間に放り投げてさっさと寝間に戻っていく。
「医者が風邪ひいたらどうする」
「私は薬師なんだが」
「同じようなもんだ」
そろりと布団の中に潜り込んで名無しは燎の背後から覆い被さる。
「なんだ?」
「寒いんだろ」
あたためてやる、とはっきり言わずともそのつもりらしいことは伝わった。少しばかり強引に腕の中に引き寄せられて体が一分の隙間もなく密着している。
(赤鬼も寒いのか)
名無しの体温が心地良い。冷えていた爪先にも血が巡るような感覚に燎は息を吐く。
その音に反応して目を開けた飛丸と燎の視線がかち合う。しー、と人差し指を口元に当てる仕草の意味を理解したかはさておき、燎の意図を朧げながらも汲み取った飛丸はそのまま目を閉じて仔太郎の側で再び寝始めた。
耳元で深い寝息が聞こえる。温かいな、と僅かに囁くように呟いて目を閉じた。
書き終えてから気がついたけど飛丸がいつのまにか室内犬になってるね。(こまけぇことは気にすんな!)医者と薬師の線引きが雑でごめんね。でもこれ二次創作なんで(こまけぇことは気にすんな!)
20240206