不意打ち、KO
※軽音部夢主
母さんはこの季節の晴れの日は貴重だとは言う。貴重であることは同意するけど俺としては雨の方がいい。だって雨の日はやりやすいから。あ、やりやすいっていうのは誤解を招くかもだけど、別に変な意味じゃなくて、都合がいいというか理由をつけやすいというか、きっかけになるってことなんだけど。
「ヤッホー悠ちゃん。誰か待ってんの?」
「ううん」
靴を履き替えてどんよりした空を見上げて悠ちゃんは答える。雨は降り出したばかりなのに地面はしっかりと濡れている。『昼頃から下り坂で夕方に降り出した雨は夜遅くまで続くでしょう』、と朝にテレビから聞こえたお天気お姉さんを言葉を思い出したけど悠ちゃんの声に耳が反応してすぐ消えてった。
「傘持ってくるの忘れたんだよね」
「あれま」
「雨足弱くなるの期待してたんだけど」
「今降り出したばっかだからね」
俺を気にせず相変わらず雨を降らす空を見上げてる。長いこと黙ってたと思ったら悠ちゃんはカバンを持ち直した。これは走っていくつもりじゃん?よろしくないなー。非常によろしくない。俺を置いていかないで?
「駅まで結構あるから入ってきなよ」
「え?」
こういうことができるから雨の日はいい。理由つけて好きな子に接触する。理由なくてもするけど理由があれば尚のこといい、と俺は思ってる。
「うーん……。いいよ遠慮する」
「なんでさ」
悠ちゃんは俺の持ってる傘を見て黙り込んだあと、首を振った。いくら七月だからって大雨の中を手ぶらで歩いたら冷えちゃうよと言っても聞かない。彼女は俺の傘を指差す。
「原くんの傘、小さくない?」
「悠ちゃんベース持ってないから詰めればイケるっしょ」
「ないけどさ。詰めてもちょっと無理でしょ」
私と帰ったら濡れちゃうよと辞退する悠ちゃんに歩み寄って構わず傘を広げた。傘を持ってる方の腕を、立っている彼女の後ろから肩に回してしまえばもうこっちのもん。このちまっこい傘でも十分に雨をしのげるけど、我ながらちょっと大胆なことをしている。
「こうすれば大丈夫」
「……近っ」
「狭いけどこれなら濡れないデショ?」
「濡れない。けど近い」
「細かいこと気にしない気にしない〜」
不服そうに一瞬眉を顰めた悠ちゃんは返事をしない。勢いに任せて歩き出したけど沈黙が重く、横顔からは心情が窺えない。前に付き合ってた子はこういうのに慣れなくてウブだったんだよねえ。反応を指摘すれば恥ずかしさを紛らわすように向こうが口を開いたから会話ができた。できたんだけど。
「ね、大丈夫っしょ」
「そうだね。意外と平気だね」
「……」
「……」
でもそれとは真逆、悠ちゃんは照れる気配が全くない。相合い傘に動じないどころか俺と肩組んで歩いてることすら気にしてないみたいな態度だ。なんとなく相合い傘くらいどうってことないんだろうなと思ってはいたけどここまで無反応とは。予想外なんだけど…。もう一度横顔を盗み見る。全くの無感情だ。
「嫌?」
「ううん」
「よかったー。無表情だから心配しちった」
「無理矢理な割には気にかけてくれんだね」
「そりゃあ好きだからね悠ちゃんのこと」
「ありがと」
「反応が冷たいなあ…」
結構マジなんだけど。好意を伝えても暖簾に腕押し?ってやつだ。からかいじゃない気持ちをさらりと躱されてたのに肩を組んでゆるく二人三脚をしているようなテンポで歩いていくのがちょっと虚しい。ゼロ距離、歩調は一定。パッと見たら完全にカップルだよ俺ら。なのに悠ちゃんはそんな風に見えてても構わないんだろうなー。あまりに心が鉄壁すぎてどうしたらいいかわかんなくなってきたわ。悶々と考えてる間に駅に着いてしまった。
「原くん」
「んー?」
「入れてくれてありがとね」
「いーえー」
傘を畳みながら返事をする。若干凹んでるからダルダルなのは突っ込まないで欲しい。
「嫌なら一緒に帰ってないよ」
「……うん?」
「じゃ、また明日ね」
そう言って悠ちゃんは俺を残して改札を通って行った。じわじわと言葉の意味を理解して変な気持ちが込み上げてくる。俺の好意、受け流されてなかったんじゃん。悠ちゃんめっちゃ受け止めてくれてたんじゃん。なんか、心臓の辺りがぎゅうぎゅう締め付けられて痛い。あと、顔、めっちゃ熱い。湿気のせいもあってすごく暑い。明日、悠ちゃんの顔、見れる自信がない。
20210705