それでもそばにいて
※双子姉夢主

なんとなく違和感が大きくなったなと感じたのは午後からで、あとは坂を転がるように悪くなっていった。

「薬効かないじゃん…」

予定日まであと三日。ちょっと前倒しで来た癖にどんどん大きくなる痛みとだるさにお腹を抱えて座り込む。こんなの序の口で酷くなるのは経験則から分かる。嫌な予感しかしない。授業中もお腹の様子が気になって集中できなかった。名指しで問題を解けと言われなかったのは運が良かったけど、それで体調の悪化に歯止めがかかるわけでもなく。

授業が終わるなり職員室に直行して、泣く泣く部活を休む理由を伝えた。

「すみません、体調悪いんで休んでいいですか…」

「…高尾、顔色が相当悪いぞ。毎月のアレのせいか?気をつけて帰りなよ」

もし顧問が男だったらなんて伝えたんだろう。女で良かった、と回らない頭でそんなことを考えながら帰路に着く。電車の中で一層強くなった痛みを紛らわそうと大音量で音楽聴きながらカバンを抱きしめてどうにか最寄り駅まで帰ってきた。家まで道のりが異様に長く遠く感じる。体が重い。カバンも重い。何もかもがのし掛かってきて意識が朦朧としてくる。

「死ぬ…やばい…」

あとちょっと、あとちょっとを合言葉に体と意識に発破をかけた以外は、どうやって家までたどり着いたかはちょっと記憶にない。廊下を重い足取りで歩いて、どうにか居間まで来て倒れ込んだ。学校にいる時よりずっと大きな痛みとだるさに加えて吐き気まで出てきた。目が回るしお腹は千切れそうだし、もう、だめだ。

「しんどい…」

こんなに痛いのに我慢してるしかないなんて。薬は効き目なしだし、こういうときに慰めてくれる母さんも仕事でいないし、ただただ孤独だ。寂しさからクッションを抱き寄せて縮こまって痛みが去るのを待つ。いつ、楽になるんだろう。



「帰った?」

「体調悪いんだってさ。いつもはちょっと無理して部活出るのによほどなんじゃない?」

姿が見えないと陸上部の仲間に聞けば悠の不在を知らされた。体調不良とか珍しいこともあるもんだな。お大事に、と手を振るクラスメイトに礼を言って俺も帰ることにした。今日は修繕工事とやらで体育館が使えないから部活はランニングと筋トレメニューをこなすだけだった。骨の芯まで疲れるような練習はしてないから体力はまだ有り余ってる。

「やっぱ既読にならないか」

コンビニ寄るけど何か欲しいものはあるかとメッセージを送ったけど返信がくる気配はない。というか、体調不良なら多分、今頃は寝てるよな。少し良くなったら勉強教えてもらうか。アイスをかじりながら、そんな風に考えて炎天下の名残がある道をのんびり帰宅した。

「ただいまー。っておい、なんだこれ」

カバンも玄関に置きっぱなしになっていて、スマホもイヤホンがついたまま床に放り出されている。脱ぎ散らかってる悠の革靴を揃えた。人の気配がしなくて変だと思ったら悠が居間で寝転がってる。クッションに顔を押しつけてピクリとも動かない。カバンとスマホを近くに置いて、そっと声をかける。

「悠、大丈夫か?」

返事をするのもしんどいのか、うすぼんやりと目を開けてしばらくしてから細い声で俺の名前を呼んだ。

「かずなり」

「ん?」

「お腹痛い…」

体調が悪い、お腹が痛い。何のせいで悠がこんなにしんどそうにしているのかが分かった。いつも元気なのに部活を休んでいた理由。涙目になって、額に微かに汗を浮かべながらどうしようもない痛みに耐えている。

「つらいよな」

短いスカートじゃ冷えるだろうからジャージを足にかけてやるとシャツの裾を掴まれた。控えめに、指先だけで摘むように。

「いかないで」

弱々しい声と懇願に面食らった。こんなに参ってる悠を見るのは滅多にない。かなりしんどいんだろうな。腰を下ろして悠の手を握って、優しく声をかけるくらいしかしてやれることはない。

「これしかできないけど」

「…いい」

「わかった」

「…いてくれるだけでいいから…」

そこまで言うと目を閉じて悠はクッションにまた顔を押し付ける。指を絡めて手を繋いだまま、たまに痛みを堪えきれなくて唸る悠の腰を擦ってるうちに時間が過ぎていく。早くいつもの元気な悠になってくれよ。俺はずっと近くにいるから。

20200823
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