鮮やかに冴えて
※腹黒彼女
※三年生設定

どこか見覚えのある形をした茶色の帯を手に取って見れば、掛川悠とよく知った名前が書かれていた。

「…なんで男子更衣室にあいつの帯があるんだよ」

確かあいつは今では黒帯を締めているのを見た記憶がある。普段使わないだろうものが、何故よりによって男子更衣室にあるのか。見なかったとこのまま放置してもいいが、手に取ってしまった手前仕方がない。見慣れないものを持っているのが気になるのか健太郎が声をかける。

「何だそれ」

「空手部の忘れ物」

「届けてやるのか。珍しいな」

「気が向いただけだ」

「いや、珍しいのはこれに限ったことじゃないか」

「何?」

「俺ら詳しくないけど上手かったからそりゃ見入るよな」

「だから何だ」

「掛川いるぞ。早く渡せば?」

促されるまま悠の姿を探している間に、意味深な言葉を質す間もなく健太郎は立ち去った。言うだけ言って逃げたなこの野郎。終始意味のわからない言動をされすっきりしないまま帯を悠に見せる。

「これ、お前のだろ?」

「なんで花宮が持ってるの」

俺の手にある茶帯を見て悠は意外そうな表情をしている。口にしたのは嫌味ではなく、純粋な疑問だ。

「更衣室に置いてあった」

「あー…。後輩に貸してたんだ、それ」

ありがと、と珍しく礼を言い呆れたように続けた。

「ちょっとだらしない後輩なんだよね」

悠は実力があり、名実ともに空手部の中で立場は上だ。先輩として注意する必要があるのだろう。借りたものを紛失する寸前だったわけだ。

つい先日、空手部と体育館を二分割して使ったことがあった。ボール避けのネットで仕切っただけで互いの様子は丸見えだった。

演舞をする時は不思議と人の目が集まるようで、空手部とバスケ部以外にも体育館にたまたま入ってきた教員たちもそれを見ている。見られていようがいまいが関係ないとばかりに悠は一礼して真正面を見据えている。演者自身が作り出すのか自然と張り詰める雰囲気の中、響く声で型名を叫んだ。そんなでかい声が出るのかと驚いている間にも演舞は始まっている。

鋭い衣擦れの音。身の切り返しの無駄のなさ。緩急のある動き、空を突く拳の力強さ、跳躍して踏みしめられ鳴る床。素人目で見ても完成度が高いことは見当がついた。演舞の様子を携帯で撮影している部員も納得の顔をしている。切れるような気合いの声のあと幾つかの挙動をとる最中、目が合ったと思ったのは俺だけで当の本人は淀みなく演舞を続けていた。

「花宮、まだ何か用?」

「…いや、これだけ」

「早く渡してくれる?」

いつまで持っている気だ、と茶帯と俺とを訝しそうに交互に見遣って悠は催促する。俺は数日前の出来事を思い出して呆けていたらしい。無性に腹が立ってきた。自然と眉間に皺が寄る。

「え…なに?」

「そうだな。ほらよ」

「痛っ!」

茶帯を悠の額目掛けて振り下ろして思い切り小突いてやった。至近距離、且つ前触れのない挙動に反応が遅れて当たったところが痛むようで驚きも加わって悠は額を押さえながら悶絶している。

「お、おま…お前…!いきなり…!」

「調子に乗るなよ」

「何が!?」

最後の礼を終えるまで綻びのない凛とした演舞が、目に焼き付いている。


20200809
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