逃がさん
※クラスメイトで彼女
※JC16辺りの図書館ネタ?
「おー、悠。何しとん」
聞きなれた声に顔を上げると、上の階の手摺に寄りかかってこちらを見下ろしている人物と目が合った。
「何しとんって…今吉こそ何してんの?休日にわざわざ学校来て」
「お勉強や。受験勉強」
「ふぅん。頭いいんだし勉強しなくても受かりそうなのに」
模試で毎回上位に名前を連ねるんだし。まあ模試と受験は大違いか、と机の上に並べられている本の表紙をめくる。ハンディタイプのバーコードリーダーを見て、今吉はああ、と悠が取り組んでいる作業を理解した。
「骨が折れる作業やな」
「一応図書委員だからね。お仕事や」
関西弁を真似て返事をすると、そこで会話が途切れた。バーコードを読み取る音だけが響く。机の左から本を取って読み込んで右に積み上げる。酷く単純作業で飽きてくるが地下の蔵書のスキャンもこれで終わると思えば、まだしばらくは頑張れる。
「いつ終わるんや、それ」
「ぅわ!いきなり後ろに立たないでよ!」
静かになったものだから、てっきり勉強しに戻ったのかと思っていた。いくら集中してても階下に下りてくる気配くらい分る筈。お前は妖怪か、と悠の真後ろに立つ今吉を見遣る。
「で、いつ終わるんや」
「いつって…机に出てる分だけ終わらせないと帰れない」
地下に収められている蔵書は辞典やら各社の縮刷版など分厚いものばかりで、六人がけの机の上に山積みにするだけでも一苦労だった。
「司書の先生も悠だけに押し付けんでもええのに」
「人手が足りないんだって。お昼ごはん奢って貰ったし」
あと腕力には自信あるから別に大変じゃなかったよ、とひたすらバーコードを読み込む。悠の作業を隣で手持ち無沙汰に眺めている今吉がぽつりと呟いた。
「えらく薄着やな」
「重たいもん持ち運んでると暑くなるからね」
「…水色」
背中を突かれた感触と、意味深長な言葉に下着が透けていることにようやく気が付いて、手に持っていた辞書を盾にして今吉から逃げる。
「ちょ、何見てんの!つうか触るな!」
「おうおう怒った顔も可愛えな」
「ややや…止めてよ場所考えて…!」
徐に椅子から立って悠の方に歩み寄る今吉。その様は悠から見たら恐怖でしかない。自分との身長差が二十センチ近くある大男(少なくともこの状況下では悠はそう感じた)が距離を縮めてきたのである。ヒィイイ!と悲鳴を上げそうになりながらもここは図書館だから静かにしないと、と変な理性が働き助けを求めることもなかった。
「一日中その格好だったんなら他の人に見られたかも知れんな」
「い、いや あのさ…」
「妬けるな」
身の丈を遥かに越える本棚がそれ以上の後退を許さなかった。後ろに本棚、前に今吉と、悠は文字通り完璧な板挟み状態だ。昔読んだ少女マンガでこういうシチュエーションがあったな、とまるで他人事のように回りだす思考に自身でも驚愕した。
「学校では恥ずかしいからて、苗字で呼ぶの許してたけど」
「ちょっと」
「二人っきりやし下の名前で呼んでくれても、なあ?」
手に持っていた盾をあっさり取り上げられて、いよいよ悠は逃げ場がなくなった。俎上の魚である。大きな手で肩を掴まれては、もうどうしようもない。
「あ、あのさ ほんとにちょっと 待っ」
「もう待たん」
腕力に自信あるんやろ?なら振り切って逃げたらええ、とにじり寄る今吉からは結局逃げられなかった。
逃がさん
(これで終わりと思うたら間違いや)
訂正:20121117
初出:20120807