3:45の断絶
※アンケコメ:切甘、擦れ違い
※幼馴染で彼女
※死ネタ注意


ふわりと浮いたような気がした。体験したことはないけれど、無重力ってきっとこんな感じなんだろうと思う。水の中に潜っているような、静かでとても穏やかで優しくて柔らかくて。ぐんぐん背の伸びていった幼馴染が、昔と変わらないように頭を撫でてくれる感触によく似てる。

こんなに体が軽いなら、どこへでも行けるに違いない。だから、涼太のところまで、泳いで行けそうな気がした。



昔から病弱だった節はあった。小学校の時から一年に何回も入院して、退院してまた体調を崩して入院しての繰り返し。今回も、またそうだった。悠は、風邪をこじらせて肺炎になってしまった。

「涼太」

「え、あ、悠?」

でも今回は順調に回復していて、人工呼吸器を外して生活出来るくらい。見舞いに来たら、病院のロビーで鉢合わせになった。陽に当たらないから悠の肌は青白い。でも今日はなんだかいつもより血色が良くてとても健康的だ。

「もう出歩いて大丈夫なんスか?」

「先生がだいぶ良くなったから散歩して来いって」

「じゃあそろそろ退院?」

「このまま行けば来週末には」

私も体力ついてきたのかな、と大きく伸びをしながら悠は嬉しそうに言った。その姿は、高校生と言うには細すぎてちょっと心許無い。昔から食も細くてご飯を残してばかりで、親にバレないようにこっそり食べてあげたりもしてた。

「涼太が試合に出てるの、まだ一回も見てない」

「あ、そういえばそうっスね」

「退院したら、真っ先に試合見に行く」

高校は違うけど、お互いに学校帰りに寄れる距離にある。高校に入ってから何度か悠を学校まで迎えに行ったこともあった(ちょっと女の子に囲まれて、面倒なことになってしまったけれど)。公園にあるコートで一度だけバスケを教えてやったことがあった。教えたというか、遊んだというか。細腕にはバスケットボールすら重いようで必死に放り投げてようやく、リングに何度もぶつかりながら入った。今度やるときは、涼太みたいに頭の上からシュート打てるようにする、とはにかんでたっけか。

「ゴールって、どんくらいの高さなんだっけ?」

「んー、3メートルッス」

「うわ、私の倍の高さじゃん」

「相変らずのチビ…プッ」

「違う、涼太が大きいの!」

筍みたいにグングン伸びちゃって!と怒る悠の顔ですらも愛おしい。家族ぐるみで仲が良くて小さいときから一緒に育った。昔は悠の方がちょっとだけ身長が高かったけど、今じゃ見事に逆転している。おりゃ、もっと縮めーっ。ふざけて触れる頭の形に髪の毛の柔らかさ。その全ての感覚が互いの距離を埋めるもの。忘れてしまいそうなほどに儚いけれど、決して忘れてはならない感覚。

「その身長ちょっとで良いから分けてよ」

「伸ばしたいなら牛乳飲むのが一番ッスよ、悠」

「豆乳の方が好き」

「たまに悠の味覚が理解出来ないッス…」

「涼太の趣味の利きミネラルウォーターってのも理解出来ないよ」

断っても断っても、意地でも譲らないから病院の前まで見送って貰った。別れる前に、一回だけぎゅう、とその細い体を腕の中に閉じ込めた。涼太、髪がくすぐったい、と言う悠に思いきり顔を擦り付けると幼子みたいな、無垢な笑い方をした。

「退院までに、また来るッス」

「うん、ありがとう。またね」

練習頑張って、と付け足して手を振った。明日、ちょっとだけ早く体育館行って練習しよう、と思って帰路についた。その日の夜、悠は感染症を引き起こしてしまった。親からそれを知らされて、病院へ急いだけど、意識はもうない状態で。名前を呼んでもピクリとも動かなくて、か細い手は脈打っているのにひんやりと冷たかった。

「悠」

ついさっき、約束したばっかじゃないスか。試合、見に行くって。シュート打てるようにするって、言ってたじゃないスか。来週には、退院出来るんじゃなかったんスか。ついさっき、またね、って。

「悠、悠」

深夜、悠は静かに呼吸を止めた。



ふわりと心地良い無重力の中を泳いでいたら、悠、と優しく呼ぶ涼太の声がした。涼太、すぐに行く。声のする方に手を伸ばした。そこで私の意識は途切れた。


3:45の断絶
(世界から消えた私を忘れて)


イメソンを教えて下さい、とのコメントを頂きました。凛として時雨の「am 3:45」です。
加筆:20121106
訂正:20121127
初出:20120828
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