“待て”は出来ません
※陽泉マネージャー(三年)
練習中ゲームでの審判、スポドリ作りに備品の点検や他諸々の雑務を一人でこなしていて、疲れるのはわかります。
「先輩、起きて下さい」
「んぐぅ…」
食堂から各自の部屋に続く廊下のど真ん中、監督と一緒に組んだメニューのコピーとフォーメーションが細かく書き込まれたレポート用紙を手にした悠先輩は死んだように倒れこんでいる。一瞬ギョッとしたけれど、良く見たら寝息を立てていた。声をかけても反応なし、肩を叩いてもうんともすんとも言わないから、とりあえず頬をぺちんと軽く叩いて見る。先輩、肌白いし柔らかいですね。
「先輩、悠先輩」
「ん、ん」
身じろいでうめき声を上げながらようやく目を開けた先輩はオレをぼんやりと見上げる。
「お、はよー…」
「こんなところで寝てたら踏まれますよ」
「端っこで もうちっとだけ 寝かしてくれぃ……」
「駄目ですって」
ごろんと寝返りをうって壁の方を向いて再び寝息を立て始めようとする。何のために起こしたと思っているんですか。散らかったレポート用紙をかき集めて先輩の手にしっかり握らせてから、抱き起こす。「氷室ってば 力持ちなんだねー」とへらっと脱力した声で笑う。先輩はオレをなんだと思ってるんですか。
「立てますか」
「無理。眠くて立てない」
「五分だけで良いので起きてください。さすがに先輩を背負って歩くわけにはいかないので」
「重くてごめんねえ」
「あ、いやそうじゃなくて」
万が一人に見られたらどうするんですか、という言葉は出なかった。誤解されたらそれはそれで突き通したい。勝手にそういう関係ですと言ってしまいたい。疎い悠先輩にはこれくらいしないと、もしかしなくても気づいて貰えない。いつもゆるりとしていて、故意なのかそういう性質なのか判別がつかないけど話を受け流すのが上手くて、あと少しのところで手の中から擦り抜けていってしまう。
「背負って行くのは構いませんけど」
「じゃ、氷室 部屋まで 連れてって よー…重いくて、良いなら…」
体重の話なんてしてないですよ。そうやっていつも自然体のままで隙があるようでなくて、変なところで頑固で(女性にしたら体重の話は大問題なのだろうけども)。許してはいけないようなところに関しては不思議なくらいに無頓着で。どうして、悠先輩オレの気持ちを抑えきれないようにさせるんですか。
「先輩、大事なことを忘れてませんか」
「あ、う?メニューの 紙なら ちゃんと」
「違います」
寝惚け眼で辺りを見回す先輩の乱れた前髪を整えて、
「この状況でなら、こういうことだって起こりうるんですよ」
先輩の唇に噛み付いた。
“待て”は出来ません
(目の前にいるのがオスだということを認識して下さい)
訂正:20121125
初出:20120821